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「……ごめ……私……ごめんなさい……ごめ……」 「いいから」 西脇は橋爪の手を掴んだ。慌てて引き抜こうともがく橋爪を引き寄せかき抱いた。腕の中でなおも逃げようとする橋爪の背を西脇はゆっくりと撫で摩った。 「……大丈夫だから」 ツンと饐えた汗の臭い。西脇にも覚えはある。嫌な汗をかいた後のあの臭いだ。元々体臭自体ほとんどない橋爪だから余計にだろう、それを感じる。 「仕事したかったのか?」 「ごめんなさい……」 「怒っているんじゃないよ」 西脇はその体を抱きしめたままゆっくりと言った。 「仕事が気になったから、病室を抜け出したんだろう?」 ただ小さく橋爪が頷く。 「しばらく休んでいたから気になるんだろうが、それでは体が休まらないぞ」 「……でも……」 「でも、なに?」 ゆっくりと橋爪を開放し、まっすぐに見つめた。 「健診ももうすぐで、それなのに準備も終わっていませんでしたから。休むなら休むで、最低限のことはちゃんとしておきたかったんです」 「休養している意味はないな」 「けど」 「それに三浦さんがそれは引き継いでくれるっていってなかった?」 先ほどまでの後ろめたさに怯えた態度とはうって変わって、西脇に挑むように睨み付けてきたのは橋爪の仕事に対するプライド故か。 それでも、こんなふうに表情をあからさまにする橋爪に対して、心のどこかで喜びを感じている自分もいる。だとしたら、遠慮をすることもない。橋爪をまっすぐに見つめ向かい合うことができる。 「それじゃ、三浦医師の存在をないがしろにしているも同然だな」 「私はそんなつもりじゃ」 「そうかな?」 「そういうつもりじゃありませんでした。ただ、私は、自分の仕事として放置したくなかった。それだけなんです……」 「紫乃が仕事人間なのは分かっているつもりだけどね……でも、状況をちゃんと見ようか。今、紫乃が動いたって喜ぶ人間は誰もいない。違うかな?」 西脇の言葉に、ゆっくりと涙が溢れ橋爪の頬を伝い落ちていく。 「復帰したいんなら、明日からでも構わない。ただ、きちんと復帰する覚悟をもて」 肩を掴み、まっすぐに橋爪を見つめた。 「中途半端な気持ちのまま復帰しても現場に迷惑をかけるだけだ」 拳を唇に押し当て必死で嗚咽を堪える様は悲しくて苦しくて。だが、それだけに他の人間がいえないことまで西脇が言わなければならないのだと思ったから。 「復帰する、でいいんだな」 「けど」 「紫乃が復職するのに問題があるわけじゃない。それこそ休職する必要だってなかったんだ。そうだろう?」 必死で泣き止もうとはするものの、橋爪の瞳からは溢れるように涙が零れていく。 「ただ、紫乃の心は、まだ人に対してまっすぐには向かえていない。俺に対してもだ。復職するでいいのか? お前の覚悟だけなんだ……Drはどうしたいんだ?」 「私は……」 西脇を押し退ける腕の力は頼りない。だが、それは今の橋爪の精一杯なのだとしたら、それはそれで辛いことだ。 「どうしたらいいのかなんて分からない……どうしたらいいか……」 橋爪はぼそぼそと呟いた。 「こうして仕事をして、そのわずかな仕事にでさえ向き合えない自分がいて……でも、大人しくベッドの上にいることもできなくて……ただ、じっとしているのは苦痛なんです。どんどん自分だけが取り残されていくようで……立ち止まっているのは自分だけで、周りはものすごい早さで進んでいく気がして」 「それとこれとは違う問題だよ、紫乃」 「それでも……」 食ってかかってくるのかと思えば、俯いてはらはらと涙を流すだけ。 「俺としては、もう少しゆっくりとしていて欲しい」 「西脇さん……」 「有休もろくに取らないでいたろう? たぶん、今はゆっくりとする時間なんだ。紫乃にとっても俺にとっても」 あやすように西脇が言うと、橋爪は首を振り拒絶の意を示してきた 「それに、こうして紫乃と話す時間が増えたんだ。俺としては嬉しいけど?」 「……それとこれとは違います」 「違うかなぁ……」 深い溜息が知らず漏れてしまった。 PR この記事にコメントする
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