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「西脇さん、失礼します」
落ち着く落ち着かない以前の問題として。 一人きりで何もない部屋に取り残されては寝ることしかできない。ましてや、体の不調を抱えていればなおさらだ。 「……西脇さん……?」 眠りと現実の狭間を行ったり来たりしていた時に、カーテン越しに看護師の村井が恐る恐る声をかけてきた。 「……ああ」 「あの、食事を持ってきました。起きれます?」 ベッド用のサイドテーブルに食事のトレーが乗せられる。 「……食欲はないから、そのまま下げてくれ」 実際、先程までのひどい状態ではないにしろ、頭痛、胃のむかつきなども消えたわけではない。食欲など沸こうはずはない。 横たわったままぼそぼそと呟くと、村井は何とも言えない表情を浮かべてしまった。 「……西脇さんまで、そんな」 村井の脳裏に浮かんだのは橋爪のことだろう。彼が悪いわけではない。彼に八つ当たりをしても仕方がない。 「……悪かった。少しだけでも食べるよ」 「……そうしてください」 西脇がベッドの上に起き上がると、サイドテーブルが西脇の前にずらされて温かな茶が出された。 「村井」 「はい、なんでしょう」 「Drの様子は?」 「いつもと変わりません。ただ」 わずかに村井がい言いよどむ。 「ただ?」 「……その、西脇さんが来られないと、心配していらっしゃいました。テロがあったのはご存じだったようで、事後処理で忙しいのだろうとは思うけど、とおっしゃっていましたが」 「……そうか」 的確に現状を把握し、状況を推測することはできる。自分の戻りが遅いからと不安で泣いていた数日前までの橋爪ではもうないのだ。医務班の仲間であるとはいえ、自分以外の男に、今まで通りに応じることもできるのだから。 橋爪は自分がいなくてももう大丈夫なのか。 無力感が西脇を包む。どこか張り詰めていたたった一本の糸がぷつりと切られてしまった気もして。全てがどうでもいい気がした。 少なめだった食事の、さらに中ほどで西脇は箸を置いてしまった。 「西脇さん?」 「……すまんが、まだ吐き気が残っているんだ」 「……そうでしたか。あ、だったら、シャワー浴びますか? 気分転換にもなるだろうし」 西脇は緩く首を振った。 村井が限られた自由の中で、何とか西脇の気持ちを浮上させてくれようとしているのは分かる。それでも、今はその気遣いすら煩わしい。こんな夜に夜勤になってしまったのが彼の不運ともいうものだろう。 「……村井。大丈夫、逃げも隠れもしないから……自分の仕事に戻っていい」 「ですが」 「トイレくらいは行くかもしれんが、後は大人しくしている」 「……分かりました。後でまた顔は出しますが、かまわず休まれてください」 村井は小さくため息をつくとカーテンを閉めてA室から出て行った。 何をすることおなく、何を考えることもなく、薄闇の中で宙を見つめるだけの時間。 これは他ならぬ西脇自身が橋爪に強いた時間だった。その責めを今負っているのだとしたら、自分にそれを拒否することはできない。 ベッドに転がり目を閉じると、浮かび上がるのは真っ赤に染まった空と下卑た笑みを浮かべるテロリスト。 乱闘の最中にテロリストが発した暴言の何かが自分の心の中のストッパーを外した。その言葉が何だったかなんて覚えてはいない。そして、きっと思い出せもしないだろう。いつもなら乱闘中でもどこか平静を保とうとする自分の理性さえ、その暴言に反応してしまった。それだけは思い出せる。 血のように赤く染まった視界の中で、その瞬間だけは橋爪のことを思い出しもしなかった。橋爪のためだといいつつ、橋爪の存在や橋爪の気持ちはどこにもなかった。 PR この記事にコメントする
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