「……食うから。一人前で勘弁しろ」
「仕方ないな……」
それでも残った料理は皆でそれぞれに行き渡った。ひょっとしたら、最初からそのつもりだったのかもしれないが。
目の前の皿に盛られた一口スプーンで運び飲み込むと、通っていく食道やら胃にピリピリとした鋭い痛みが走る。それを無理矢理に水で流し込んで平静を装った。
「……それで?」
それを見届け、石川がようやく話を聞こうという態度を見せてきた。
「ああ……あのあと、宮沢さんたちと病棟に行ったのは知ってるだろう?」
西脇は再び口に運んでゆっくりと咀嚼すると、必死にそれを飲み込む。冷めかけたカレーでも中のスパイスのせいか、、まるで熱い石塊を無理やりに呑み込んでいるかのようだ。
「外警の方はあと数日であいつらも退院出来るし、何とか目処も付きそうだということでこのままの人員で回すことになった」
「……そうか」
「もちろん、退院しても暫くは内勤させるつもりだ」
「わかった。いざという時には、室管理から人を回せばいいな」
「……期待……しておく」
込み上げてきた異様なものをぐっと飲んだ。それでも胃だけでなく口まで吐き気が込み上げてくる。
「西脇?」
「……いや」
慌てて水で流し込み……それでも、その水すら喉を通っては行こうとはしない。
「西脇?」
クロウの声がぶれて聞こえてくる。
「……すまん。ちょっと、トイレ……」
断続的にこみあげる苦いものを必死で飲み下して、西脇はよろりと立ち上がった。悠然とした歩みを気にかけたつもりだったが、どこか小走りになっていたのかもしれない。
チーフルームのトイレに駆け込んだのが限界だった。入るなり便器の中にそのまま胃の中のものを全て吐き戻していた。その吐瀉物の臭気に誘われ、更に何度も嘔吐する。吐くものがなくなっていても、吐き気は止まらない。
「西脇さん―――」
岩瀬が入ってきて、ただ一言呼びかけただけでゆっくりと背を摩ってくるる。
「……大丈夫だから、出ていけ……っ!」
声を絞り出してその手から逃れようと身を捩ると、再び吐き気が襲ってくる。
岩瀬の手はゆっくりと西脇の背を摩り続けた。
「この状態じゃ行けませんよ……ああ、石川さん」
「ほら、水だ」
「はい。西脇さん、うがいしてください」
「いいから……」
その手を振り解こうともがいたところで、岩瀬の腕力に敵うはずがないことなんてわかりきっている。だが、この姿をほかの人間に見られたくもないのだ。
それでもグラスを握らされると、中の水を口に含み、再びこみ上げた吐き気とともに吐き出した。何度口をすすいでも胸の奥から湧き上がる気持ちの悪い感覚は抜けてはいない。
吐き出すものがなくても、吐き気は止まらない。岩瀬の存在が余計に不快さに拍車をかけている。
「西脇、三浦さんを呼んだ。すぐに来てくれるそうだ」
「……余計なこと……」
「じゃないだろ」
石川の目での合図に岩瀬が自分の体を無理にトイレから引きずり出した。
「……少し気分が悪くなっただけだ。もう大丈夫だから、離せ」
「……石川さん、どうします?」
「つべこべ言わずに診てもらえ」
「三浦医師は外科……」
「でも、内科も診れるよ、一応ね」
いつの間にか、三浦がやってきていたらしい。呼ばれてすぐに来たのだろうが、そのフットワークの軽さが今ばかりは恨めしい。

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