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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
部屋を掃除しシーツを取り替えても、橋爪は今度はトイレから出てこようとはしなかった。
ただ、何度かした流水音からちゃんと排泄したんだろうということは想像に難くない。実際、もう排泄感も限界に近かっただろうから。 「……紫乃?」 西脇はバスタオルを手に取ると扉を軽く叩いた。中で微かに人が身動ぐ気配がした。 「紫乃、開けるぞ?」 便器に腰掛け、橋爪は泣き腫らしたままの目で西脇を見てきた。それでもまだ頬へと涙が伝っていく。 そんなに泣くほどのことを自分は橋爪に強いたとでも言うのか。 「……そんなに苦痛か?」 「……だって」 橋爪の目が逸らされる。 「……まあ、いい。シャワー浴びて来たらどうだ。もう、今夜は何もしない」 「西脇さんっ」 ちゃんとした理由ではなく、橋爪の単なる言い訳など聞きたくはないから。バスタオルを突きつけるように差し出すと、橋爪は西脇を睨んできた。立ち上がって、真っ直ぐに。 「……これで……これで、満足ですか?」 「……ああ」 パチンと力なく橋爪が西脇の頬を叩く。その叩いた手を胸元でぎゅっと抱え込んだ。 泣き濡れた瞳で、それでも西脇を気丈に睨んでいる。先ほどのことがよほど腹に据えかねているのか。 「……普通なら、どうってことないだろ? それが正常な反応だ」 何か言いたげに、橋爪の唇が震える。それでも、震える唇から言葉は漏れなかった。 己の矜持が間違った方向に向かっている自覚はあるのかもしれない。ただ、それを認めたくないだけなのだろう。 「飯食って水飲めば、糞も小便もするのは当たり前だ。それを、俺の所為かのように、とやかく言われたくはないな」 「……西脇さん、あなたねっ」 「いから、早くシャワー浴びて来い。そのまま寝たいなら、ベッドに行けばいい」 再びバスタオルを差し出すと、橋爪は乱暴にもぎ取った。それを握ったまま無言のままバスルームの中へと消えていった。 ただバスタオルを腰に巻き、橋爪は無言で風呂から上がってきた。 中途半端に乱され皺だらけになった服など再び着たくもないのだろう。 目は真っ赤だけれども、先ほどのように全身を泡まみれにしながら泣くことはしなかったようで、西脇は軽く息を吐いた。 どんな様子であれ、橋爪の姿が目の前にある、そのことだけで自分は生きている心地がする。 そんなふうに言い聞かせて、目の前のパソコンのモニターを睨みつけつつも、横目で橋爪の気配を必死で辿ってしまった。 橋爪は真っ直ぐに自分のキャビネットに向かい、扉を開いた。中からごそごそと着替えを取り出すと、黙ってそれを身に着けだした。 先ほど貼った絆創膏も、少し濡らした程度なら張り替える必要はないだろうし。橋爪もそう判断したのだろう。 先ほど以上に、きっちりと着込んで。橋爪はしばらくキャビネットの中を見つめていた。 意を決したようにゆっくりと扉を閉めると、まっすぐにサイドテーブルに向かった。そこには医務室から預かってきた救急セットが置いてある。 橋爪はその中の薬品をいくつか取り上げ確認し、それを握ったまま西脇のほうに歩いてきた。 「……西脇さん」 呼びかけてくる声はまだまだ固くて。 「ああ」 「……掃除、ありがとうございました」 「……いや」 気にする場所はそこなんだろうか。 「西脇さん……手、休められますか?」 「ああ、構わないが……」 見ていたパソコンをシャットダウンすると、改めて橋爪に向き直った。 橋爪の手に握られていたのは消毒液と脱脂綿だった。 「……手当て、しなおそうか」 「……大丈夫です。それより……」 橋爪は手にしたボトルを傾け、大きなままの脱脂綿にそれを含ませた。つんと漂う独特の匂い。 橋爪の細い指がゆっくりと西脇の右手を取り上げる。そのままその脱脂綿でそっと西脇の指を拭いだした。丁寧に、何度も拭っていく。 その頬を一筋涙がゆっくりと伝い落ちていった。 「……紫乃?」 「……いえ」 慌てて袖でごしごしと涙を拭いだした橋爪の手を、西脇は慌てて止めた。 「傷が開くだろ……」 「……すみません」 そして、橋爪は再び西脇の指を拭い始めた。 「……西脇さん」 丹念に西脇の指を拭う仕草は、先ほど橋爪が異様なほどに執着した体を洗うという行為にも酷似していて、訳もなく西脇の背中を冷たいものが走っていく。 「……もう、いいよ。掃除のあと、ちゃんと手は洗った」 「……そんな問題ではありません。西脇さん、もう、あんな無茶は止めてください」 「無茶?」 「……摘便は危険な行為なんですよ? 素人が見よう見真似でするものではありません」 橋爪の口調は至極冷静で。でも、必死で冷静さを保とうとしている橋爪の様子、それがどこか辛い。 叱られているんだと、素直に感受すればいいのだろうが、それだけではない何かを感じてしまう。 「第一……汚い、でしょ? あんなところを触って、口にして……もう、止めてください」 「……それじゃ、紫乃を愛せないよ」 思わず呟いてしまった。 「西脇さん……」 「紫乃に汚い場所なんてない。あんなとこ? 俺を受け入れてくれるんだ。愛しいと思いこそすれ、汚いと思うはずはないだろ? じゃなかったら、触れたり、舐めたり、ましてや舌を入れたりできない」 消毒綿を握った橋爪の手をきつく掴むと、まっすぐに橋爪を見上げた。橋爪の視線が揺らぐ。 「紫乃が嫌がってもな、俺は嫌じゃない。愛しているから……紫乃だって、嫌じゃないはずだろ? 舐められて、犯されて悦んでるもんな。さっきだって、気持ちよかったんだよな」 「違……」 「違わないだろ」 橋爪の手から消毒綿を取り上げると、傍らのゴミ箱に投げ捨てた。 「勘違いするな。辱めてるわけじゃない。一番恥ずかしい場所を曝け出して繋ぎ合わせるからこそ、そうできる相手だからこそ、本気で愛せるんだよ、紫乃。誰にでも同じ事をできるわけじゃない」 椅子から立ち上がった西脇は、俯いた橋爪の肩をゆっくりと叩いた。 「……それでも」 「……いいから、今夜はもう寝ろ。それとも、何か食べるか?」 「……いえ、結構です」 ゆるりと橋爪は首を振ると、ベッドに戻っていった。西脇も無言でその後を追い、ベッドに入った橋爪が被った毛布をそっと整えた。 「……今日はあっちで寝るから。ちゃんと体伸ばして寝ろ」 「……西脇さん……」 「……今夜、また襲われたら嫌だろ?」 できるだけ軽く、そう答えたはずだった。でも、橋爪の表情が奇妙に歪む。そんな風な表情をさせたいんじゃない。 「大丈夫、言ってみただけだよ」 そっと橋爪の前髪をかきあげ、額に触れた。 「おやすみ、紫乃」 「……おやすみなさい」 ぼそりと橋爪が呟き、西脇はベッドから離れた。部屋の明かりを落とし、常夜灯だけ灯す。ぼんやりと家具の陰だけが薄闇に浮かび上がる。 「……なんかあったら、遠慮なく叩き起こしていいからな」 返事はもとより期待していない。 クローゼットから毛布を引き出すとソファに運んで体を横たえた。 きっと、橋爪の温もりなしでは安眠できはしないだろう。それでも、橋爪と今は一緒にいることが何故だか苦痛だった。 PR この記事にコメントする
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