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持ち帰った朝食を橋爪はほとんど口にしなかった。
西脇に睨まれ、幾度かは口に運んだけれど、それだけだ。辛そうに咀嚼し、半分泣きそうな表情を浮かべながら、僅かな食事を何とか飲み下した。 それほどまでに橋爪を追い詰め苦しめるつもりではないのに。 食の進まない橋爪の様子を見ていると、西脇の食も必然的に進まない。 渋々と、それでも橋爪としては精一杯食事を勧めたのだろう。橋爪は箸を握り締めたまま動かなくなってしまった。伏せた目から今にも涙が溢れてしまうのではないかと……今にも嗚咽を漏らしそうに、唇が微かに震えている。 『もう、食べれない』 そんな簡単な言葉を口にすることすら出来ないほど、橋爪は追い詰められているというのか。 西脇は小さなため息をつくと橋爪の前にゆっくりと膝をついた。そしてきつく箸を握り締めたままだった手を取り、箸を取り上げた。 「……もう、食える分だけは食べたんだろう?」 「……西脇さん……」 「頑張ったな」 少しずつでも食べるなら、それでいい。あとは点滴でカバーしさえすれば、橋爪は生きていける。生きていくことが出来るのなら、失うことはないはずだから。 西脇はそのまま目の前の皿を片付けだした。 「……あの、西脇さんは?」 「ああ?」 「……もう、終わり、じゃないでしょう?」 橋爪の目は、食べ残した西脇の皿に注がれていた。実際、菜皿の中身は半分も減っていない。 「……実はさっき、食堂で少しな。岸谷がいたからな。ほら、コーヒーの匂いがするだろ?」 西脇が上げた腕を取り、橋爪はゆっくりと頷いた。顔を近づけた袖口からは微かにコーヒーの残り香がしたのだろう。 「……だったらいいんです」 「うん。じゃ、片付けてくるから、その間に着替えて、病棟に戻る用意しておいて。まだ時間はあるからシャワー浴びてもいいし、ゆっくりしててもいい」 「あの……西脇さん、このままここにいてはいけませんか……?」 必死な顔で橋爪が西脇を見遣る。 「紫乃?」 「部屋で大人しくしておきますから……だから……」 「ろくに飯も食えなければ、小便も糞も出来ない病人が?」 くっと橋爪が唇を噛む。 「それにな、一人じゃまともに外も出歩けも出来ないだろうが。一人で何をどうするって言うんだ」 「それは病室でだって同じです」 西脇はじっと橋爪を見下ろした。 「紫乃っ」 ほんの少し語気を強めただけで、橋爪はびくりと体をすくめた。 「病棟なら、仕事の合間に顔を出すことだってできる。飯も運べる。でも、寮ではそう簡単には帰ってこれない。今以上にお前をほったらかしにしてしまう」 「それでもいいんです、ここでなら」 「だめだ」 橋爪は俯いた。 「紫乃がここを、俺たちの部屋を大切に思ってくれているのは嬉しいよ。でも、引きこもっているわけにもいかないだろう?」 「……少しずつでも慣れます。慣れるようにしますから」 「だめだ」 結局のところ、橋爪の意図が見えない。 何をどうしたいのか、どうすれば橋爪の意図するところなのか。 仕事に復帰させ、この部屋で過ごす。そんな当たり前の行動をさせることが躊躇われてしまうほど、橋爪のことが分からない。 「……西脇さんは私をどうしたいんですか……?」 ぼそぼそと橋爪が呟いた。 「……じっとしておけ。余計なことはするな。それだけだ」 「……私の意志は?」 「今の紫乃の意見を聞くつもりはない」 つい出てしまった拒絶の言葉。橋爪の存在を否定する言葉に、それを口にした西脇本人が、自分自身を否定した気分になってしまっていた。 「……わかりました」 「……ならいい」 西脇にとっても、そして橋爪にとっても、納得のいく返事ではない。でも、一旦生まれてしまった心の歪をどう埋めていいのかも分からなくて。 「……堺さんと三浦さんがいいって言ったら、帰って来ていいから。それまで辛抱しろ」 「……はい、分かりました。すみません、我侭言って」 くっと一瞬だけ唇を噛み、そして橋爪はゆっくりと頭を下げた。 西脇はそんな橋爪を見遣ると、ほとんど手がつけられずに残ったままの皿が載ったトレーを抱えて部屋を出た。 今は何も聞きたくなった。 何も見たくはなかった。 PR この記事にコメントする
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