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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
食堂でも無言のままに食器を片付け、そのまま食堂を出た。一番忙しい時間帯だったから、岸谷たちが自分を気に留める余裕がなかったのも幸いしたのかもしれない。
「……おっと。あれ? お早う、西脇」 ぶつかりそうになり軽く目を見張った相手は石川だった。すぐ横には岩瀬も立っている。毎度毎度、どうしてこう顔を合わせることになるのだろうか。 「……お早うございます」 「早かったな。まだ休んでいると思ってたのに。10時からにしてただろ?」 不思議そうに見遣る自分の上司に、西脇は僅かに苦笑を浮かべた。 何もない、いつもの日常なら言葉に甘えてまだ惰眠を貪っているかもしれないが。 「……洗濯して掃除してただけだ。帰国からこっち、いろいろと溜め込んでいたからな……」 まさか、「ろくに眠れませんでしたから」などと、石川に向かって本当のことを言うつもりはない。そんなことをしたら最後、どんな強引な手段を使ってでも無理矢理休息させるに違いないから。実際、石川にはそれだけの気持ちも権限もある。 「西脇らしくないなぁ」 「ここ数日、それどころじゃなかっただろ。おかげで今日は助かったよ、ありがとう」 笑みを浮かべた石川にほっとして。 これで石川は自分のことを詮索しない。きっといつもの自分と同じように接してくるはずだ。 「……西脇、それでも無理しない程度にしておけよ? 必要ならシフトも変更していいから。羽田もきっと分かってくれるだろ?」 「既に、帰国からこっち、羽田には甘えっぱなしだよ。心配するな」 「お前を心配してないさ。俺が心配してるのはDrだ」 ああいえばこういう。そんないつもの石川の様子にどこかほっとしているのも事実だった。 本当なら、他愛ないこういった応酬の時間を橋爪と過ごしたかったのかもしれない。今までがそうであったように、現在も、そしてこれからも。 今のように、言い負かされて大人しく頷く橋爪の姿を求めているんじゃない。遣る瀬無い心の痛みを、歪んだ形でしか表現できない橋爪なんかじゃない。 だからといって、今の橋爪を疎ましく思いつつも手放せないでいるのもまた真実で。 「そっちも何とかするさ。ほら、並んでるぞ? さっさと飯食ってこいよ」 「ああ、じゃ、またあとでな」 「ああ」 西脇へと何か言いたげな岩瀬を促し、石川は食事を待つ列に戻った。 ひょっとしなくても、岩瀬のことだ。この自分のどす黒い感情をなんとなく感じているのかもしれないが。 ふと振り返ると、岩瀬の目が優しく石川に注がれていた。 それが彼らなりの日常であるのだろう。 それでいい。自分のことは詮索するな。 何もなかったように、いつものように振舞ってくれるのならそれでいいから。 やりきれない思いを抱えたまま自室へと戻る。 こんなはずではなかったと、西脇が自分自身に舌打ちしたくもなる状況で。 本当は橋爪を優しく抱きしめたい。優しく労わりの言葉で包み、この腕で支えたいと願っていたはずなのに。 ソファの脇で、先ほど別れた姿のまま膝を抱えている橋爪を見てしまったら。こみ上げる罵倒を押し殺してため息をつくしか出来ない。 それでも、心中の舌打ちを感じたのか、怯えたように橋爪が自分を見上げてくる。 「……持って行くものの整理はしたのか?」 「……え?」 意外そうに西脇を見上げてきた。 「……本とか、着替えとか。持っていくものもあるんじゃないのか、いろいろ」 「でも」 「……そうそうこの部屋に戻って来れるわけじゃないし、ただベッドでじっとしているのも辛いだけだろう? 読みかけの本とか雑誌とかあったら持って行くといいじゃないか」 「……そう、ですね……」 それでも俯き動こうとはしない橋爪の手を引き立ち上がらせた。 「ほら、用意して。新しい雑誌とかで欲しいものがあったら買ってくるから」 「……いえ、大丈夫です」 「そう……じゃテレビでも見てろ。すぐ用意を済ませるから」 そのまますとんとソファへと座らせる。なすがままになっている橋爪を横目で眺めやり、西脇は壁にかけていた制服のハンガーをつかんだ。じっと自分に注がれる橋爪の視線を感じながら、制服を身に纏っていく。 制服は自分を縛るためのもの。制服を纏うことで、今抱えているプライベートなことから、オフィシャルの外警班長としての仮面を被る。服装を切り替えることで、気持ちをも切り替える、はずだった。 それが、ただプライドの仮面を被り直すだけの行為であったとしてもだ。 それは西脇にとって必要なことだったから。今のこの感情を引きずったまま、仕事へは行けない。今のままでは、他人の命を護ることはおろか、自分の命をも失ってしまうだろうから。 静かに、ただ俯いて座っている橋爪の白い頬を、浮かんだ涙の雫がゆっくりと落ちていった。それを拭うこともなく、橋爪は俯いている。 「―――別に今すぐどうこうしろといってるわけじゃないだろ」 「西脇さん……」 「ゆっくりでいいんだ。ただ、ちゃんと生きよう。食うもん食って、出すもん出して。笑って、怒って、泣けばいい。それだけのことだ」 膝の上で握り締めている拳に涙が落ちる。きっと、それは橋爪にも分かっていることなのだろうけれど。それでも「でも」という言葉が橋爪の心中に渦巻いているのだろうから。 「でも、紫乃を否定しないでくれないか」 「でも……」 やっぱり、その言葉を口にした。 「でも、じゃないよ。今の紫乃も、前の紫乃も否定しないで欲しいんだ。お願いだから……」 俯いたまま、橋爪は首を振る。 「ちゃんと待ってる。だから、今は、堺さんと三浦さんの言うことを聞いて欲しいんだ。紫乃が紫乃として生きるために。前の紫乃に戻れとは言わないから、だから、新しく生きればいい。そうだろう?」 珍しく言葉を紡いで。 「……そ…な……できません」 「―――そうか」 心のどこかで悲鳴を上げる自分がいる。 昨夜、目の前の男を無理矢理にでも犯し、泣くだけ泣かせてしまえばよかったというのか。 そうすれば、差し伸べたこの手を拒否されることもなかったのか。 それでも、それは結果論であって、結果として今何が出来るわけでもない。一つ一つの言動のあとでひたすら後悔し続けながら歩んでしまう。かつての自分では全く考えられなかった言動だから。 ただ、それでも離れがたくて、橋爪の傍らに半身開けて座り、ぼんやりと丹生ース番組を眺めた。さして新しいニュースがあるわけでもない。 ただ、向かい合って真っ直ぐに橋爪と顔を突き合わせることが汚わいだけだ。 口を開き行動を起こせば、再び橋爪を苦しめ傷つけるだけだろうから。 PR この記事にコメントする
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