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「……き、さん……西脇さん!」
いつの間に眠っていたのだろう。橋爪には激しく揺り動かされて、西脇ははっとしたように目を見開いた。 「……紫乃? 何かあった? 怖い夢でも見たのか?」 立て続けに問いかけてしまったのは、きっと自分自身がそれを恐れているから。 「何かあったのはあなたですよ」 横たわる自分を見下ろす橋爪の唇からこぼれたのは溜息ではなく、安心したという吐息で。 「……ひどくうなされていましたから……ごめんなさい。起こしてしまって……」 「……いや、それは構わないけど」 額にはらりと落ちた前髪をかき上げようとして、びっしりと額に浮かぶ寝汗に気がついた。思わず手の甲で拭うと、橋爪がそっとティッシュを押し当ててきた。それを受け取り、呆然と見上げた恋人は困ったように自分を見下ろしていて。 「……うなされていた? 俺が?」 ひどく嫌な感じだ。 自分がうなされるほどの酷い夢見が、ではなく、それを橋爪が見てしまったということに。 夢の内容は全く覚えていない。それでも嫌な嫌悪感は自分の身の内に確かに残ってもいる。 そんな負の要素を、橋爪には決して見せたくはなかったというのに。 「……紫乃、手、握っていいか?」 「え? ……あ、はい」 おずおずと伸ばされた手は、だけどしっかりと西脇の節だった手をきつく握り締めてきた。 「……私はここにいますから」 「ああ」 手を握られたまま再び眠りの体制に入ろうとして、橋爪の浮かない顔に気がついた。 多分、橋爪のフォローどころか、気持ちを思いやる余裕すらなくしてしまっているようだ。 「……紫乃?」 「あ、いえ。なんでも」 西脇が手を差し伸べると、橋爪もごそごそと毛布の中へと潜ってきた。握りしめた手だけでなく、以前と同じようにそっと体を摺り寄せてきて、ふうっと深い吐息を吐いた。 握った手にもう片方の手も添えて、橋爪は大切そうに胸元へと抱えた。 まさか、橋爪がこれほどまでに不安そうな表情をするほど、自分はうなされていたとでもいうのか。 「……何も変わらないよ」 思わず西脇は呟いていた。 「今までと何も変わらない。紫乃が側にいるだけで俺は十分だ」 それは本心だから。でも、反面そう言い聞かせているだけのような気もして。 「西脇さん……?」 「ほら……寝よう?」 橋爪が相手でも話していたくはなくて。 橋爪が相手だと余計に、何だかつまらないことまで口走ってしまいそうな気がしていた。そんな弱い心も、眠りが封印してくれるなら、明日はきっといつも通りに振舞えるだろうからと。 しかし、橋爪は握り締めた西脇の拳にゆっくりと唇を寄せた。 「紫乃?」 「……今なら大丈夫かもしれません」 優しい瞳で橋爪が西脇を見下ろしてくる。 「いつものように……してください」 「……って……?」 意図が見えず、西脇は戸惑いながら橋爪を見た。 「セックス……しましょう? 触れ合ってないから、きっと不安にもなるんだと思います。ね……?」 ただまっすぐに橋爪は西脇を見てくる。 橋爪は、恋人に対するでなく、ひょっとしたら患者に接する気分でいるのかもしれない。 ずっと触れ合うこともなかった恋人が、欲求不満を抱えている。だから、治療するかのように「セックスしよう」とあからさまに誘う…… ばかばかしい。思い過ごしだ。 「……無理しなくていいんだ」 西脇は橋爪の手から自らの手を抜くと、橋爪の肩を引き寄せた。毛布を肩まで引きずり寄せ、毛布越しにその肩をぽんぽんと叩いた。 実際、まっすぐに西脇を見てきた橋爪の瞳の色は穏やかで、決して欲情しているものではなかったから。 「……私では、もう、駄目……?」 「そうじゃないよ、紫乃」 西脇は呼吸を整えた。 「紫乃を抱きしめたいし、キスしたい。抱き合って、紫乃とひとつになって、とことん感じさせたい。それは嘘じゃない」 「だったら、私が抱いて欲しいといっても……?」 橋爪にとっては、橋爪なりの必死の誘いでもあったろう。いつもの西脇なら、そのまま押し伏せて貫くくらいのことはやったかもしれない。 それでも、今の橋爪の瞳を見れば…… たとえ、橋爪が本心からそれを望んでいるとしても、その望み通りに橋爪を抱くことはできない。 それに、自分自身の感情が高揚しない。橋爪の直向な決意はただ痛ましいだけで……多分、起ちもしないだろう。 「西脇さん」 「うん……今はまだ抱かない」 「西脇さんっ」 橋爪の瞳が微かに潤んだ。 「紫乃がどうのこうのという話じゃない。起たないんだよ、俺」 「……え?」 「俺の、起たないから。勃起しない。だから、紫乃を抱けない」 「西脇さん……? それって、EDってこと……?」 橋爪の瞳から大粒の涙が零れた。零れた涙が音もなく枕へと吸い込まれていく。 だから、言いたくなかったんだ。橋爪を責めたいわけではないのに、橋爪はそれを自分のせいだとでも思って気に病むに違いないんだから。 「ごめんなさい……ごめん……ごめんなさい……」 「それは俺の問題であって、紫乃のせいじゃない」 「……性欲は? 朝も?」 「……まるで診察だね、紫乃」 あえて笑みを浮かべてみると、橋爪の顔が奇妙に引き歪んだ。 「性欲はあるよ。紫乃にキスしたいし、抱きしめたい……それは本当だ」 そっと涙の伝う頬を撫でた。 「でも、朝起ちもしないよ、今は。出張でバタバタして、帰国してからも何かとバタバタしていたから。紫乃には申し訳ないけど、出張中は紫乃のことを思い出す暇もないほど本気で忙しかったし、実際に思い出しもしなかった。まだそれを引きずっているだけだ。状況が落ち着けばいいと思うよ、多分ね」 髪の中へと指を滑らし、しばらくその感触を楽しんで。 「……紫乃、これは皆には内緒だからね? 一応、これでも、男のプライドがあるんだ」 「……せめて、お薬を処方して……こっそり私が処方しても」 「必要ない」 「西脇さん……」 心配してくれるのは嬉しい。でもこの話を続けたくはない。 「さ、この話は終わり。どうせ、しばらくのことだから……な?」 「西脇さん」 「ほら、寝よう? 明日は病室に戻らなきゃいけないだろう? 俺も出勤だし」 僅かに橋爪に背を向け、これ以上の話を拒んで。橋爪が西脇のパジャマを握って低い嗚咽を漏らした。 こんな風に泣かせるつもりじゃなかったというのに。 PR この記事にコメントする
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