039

　そっと自らの分身を掌で上下され、括れの部分も先端の割れ目も指で優しく丁寧に辿られる。
　いつもなら、それだけでも達しそうなほど自分に快楽をもたらすはずのその行為も、今の西脇には何の衝動すら与えてはこない。
「……何で……」
　橋爪は萎えきった股間のものを必死で口に含み、舌を絡めた。それでも堅く立ち上がることはおろか、愛液の一つも出てくることはなくて。
　片手で握りしめたまま橋爪は嗚咽を漏らした。橋爪のほっそりとした片方の手でさえ包み隠せるほどに萎えきった股間の徴。
「……紫乃。もう気が済んだだろ？」
　橋爪は激しく頭を降り、肌が赤くなるほどむきになったのかのようにきつく何度もこすりあげてきた。
　だけど、その行為には肌を直接擦る痛みしか感じない。いや、心の傷みの方が大きく膨れ上がっていく。悲しみだけがより大きく降り積もっていく。
「……紫乃」
　西脇は手を伸ばし、涙の伝う頬をそっと撫でた。いっそ自分の方が冷静なくらいで。
「……無理なものは無理なんだから」
「でも……っ」
「俺の方が辛い」
「あ……」
　橋爪がビクリと手を引いた。
「……こんな自分を見せることの方が辛いんだ」
「……ごめんなさい。ごめん……」
「……泣かなくていいから」
　体を起こすと、ゆっくりと橋爪の体を抱き寄せた。嫌がるように身を捩り全身を強張らせた。
　それでも構わずに抱きしめたのは、自分のエゴだった。そうでもしなければ、橋爪を二度とこの手に抱きしめることなどできなくなるかもしれないという恐怖感からだった。
　がたがたと小刻みに震える体躯だけではない。頬に涙を伝わらせながら目を閉じ、必死で他人の温もりに耐える精神状態も、きっと安定したものではないだろう。
　ただ悲鳴を上げないよう、西脇のものだと分かっていても拒否反応を示そうとしている自分の深層心理を無理矢理に捻じ伏せて唇をかみ締めることしかできないのだろう。
　それでも、だ。
　それでも自分に抱かれたいというのか。
　拒絶しながらも、自分を欲しいというのか。
　どこかでぷつりと精神の糸が切れたような感触がした。
「ひ……あ……いやぁっ！」
　橋爪の絶叫がどこか遠くから聞こえてくるようで。
　ふと見下ろせば、橋爪は自分の体の下で目を見開いて西脇を凝視している。
　いつの間にか、自分がシーツの上にその痩躯を押し付けていたのだろう。馬乗りになった体の下で橋爪が体を震わせている。
「……こうして欲しかったんだろ？」
　どこか遠くで会話しているような、フィルター越しに漏れ聞こえる自らの声。
「フェラして起ち上がらせて、どうするつもりだったんだ……？　こうして欲しいんだよな、紫乃？」
　押し付けたまま、シャツを捲り上げた、絆創膏だらけの体が露わになる。
「やぁ……っ！」
「嫌じゃないだろっ」
　一喝すると体を震わせて、橋爪が硬直した。恐怖に支配された、見開いたままの目で西脇を見上げている。
「違……」
「違わないだろっ」
　手を下腹部に伸ばした。ズボンの上からでも分かる、橋爪のものはゆるく立ち上がっていた。
「何だよ、これ。期待してるんだろ？」
「い、や……ぁっ！」
　逃げようと橋爪が必死で体をばたつかせる。
　暴れる下肢に膝で乗り上げた。両方の手首をまとめて掴むと、左手でシーツの上に縫いとめた。それでも嫌がるように必死で頭を振っている。
「紫乃、顔を見ろ」
「いやあっ」
　右手で顎を掴んで無理矢理自分に視線を向けさせた。
「見ろよっ！　ちゃんと、俺の顔っ」
　それでも向けられるのは怯えきった視線だけ。恋人に対する目ではない。
　西脇は軽く舌打ちするとそのまま唇を押し付けた。震える口蓋を舌先で割り入って逃げる舌先を見つけて吸い舐る。
　零れる悲鳴まで全てを取り込むかのようにきつく重ね合わせた唇を放すこともできず、西脇はゆっくりと手を下に這わせた。
　立ち上がり固くしこっている胸の頂も、立ち上がりかけている股間も。西脇の手の中でより色を帯びていく。
「……ん……はぁ……」
　吐息が零れるまでゆっくりと肌を撫で回した。抵抗が止み、涙の浮かんだ瞳が空ろに西脇を見上げてくる。
　そんな橋爪を蹂躙し尽くしたいという、凶暴な感情が湧き上がるのを止めることができない。
　唇の端から零れた唾液の筋をゆっくりと舌先で舐めとった。ゾクゾクと背中を駆け上がる衝動がある。
　下着ごとズボンを下げ下ろし、現れた屹立をじかに握った。我に返ったように暴れだした橋爪を、西脇は屹立をきつく握り締めることで制し。
「……も、許して……」
「何を許すって？」
　ひょっとしたら自分は笑っているのかもしれない。頬の筋肉が奇妙な形に動くのが分かる。
「紫乃、お前が望んだんだ」
　下衣を全て抜き取り、そのまま足を抱え割り広げた。橋爪の口から鋭い悲鳴が上がった。