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長い、長い夜だった。
夜明けが来るまでにこれほど長い夜があるのかと……もう夜明けはこないのではないかと本気で恐れてしまったほどだった。 橋爪はこちらに背を向けたまま、ベッドの中で息を殺して横たわっていた。微動だにしないところを見ると、全く眠っていないのだろう。 実際、西脇の方も毛布をまとってソファに転がっているものの、眠気の一つも訪れる様子はない。 体の方はかなりの疲労を訴えている。それは自覚もしている。それでも、眠ろうとすると訳もない焦燥感に支配されるかのように目が冴えてしまう。 狭いソファの上で何度寝返りを打っても眠気が戻ってくることはなかった。先ほど、眠りの淵から無理矢理に覚醒させられたせいもあるのだろうか。 眠れなくても体を横たえるだけで、随分違うはずなのだからと自分に言い聞かせて。 せめてもの救いは、橋爪に揺り起こされるまで、僅かとは言えど睡眠が取れたということだろうか。例え、その眠りが浅く悪夢にうなされるものだったとしてもだ。 ぼんやりとカーテンを見ていると、遮光カーテンの隙間から夜が明けて空が白んでくる光を僅かに感じた。 西脇がそっと身を起こすと橋爪も向こうのベッドからゆっくりと顔を上げた。じっと西脇の挙動を伺っている。 先ほど無茶をしたせいなのだろう、西脇への怯えは取れていないのかもしれない。 「……おはよう。まだ寝てていいぞ」 橋爪の返事を聞かぬまま、風呂場へと入った。全身にまとわりつくようなじっとした脂汗が不快で。 シャワーで汗を流し、冷水に切り替えた。 冷たい水が痛みを伴って体表を伝っていく。この痛みが、自分の荒んだ心を癒し静めてくれないかと、思わずそう願ってしまう。 らしくもない。 首を振り、西脇は自らの弱くなっている感情を振り切ろうとした。 「朝飯取ってくる。少し時間はかかるかもしれないが待ってろ」 返事がないのは分かっていても、そう声をかけて。 「……西脇さん……」 ついでにと、洗濯物の入った袋を抱え直したところで橋爪に声を掛けられ、思わず振り返った。橋爪はベッドに身を起こしていた。 「食事、いりませんから……西脇さんは食堂で」 「俺が食べて、といっても?」 ねだるように橋爪を見た。 いつもなら苦笑して頷くはずの橋爪は、ただ辛そうに目を伏せただけだった。 「紫乃、ちゃんと普通に暮らそう? 無理でも何でもいいから、形からだけでも前の生活を取り戻そう?」 「……ですが」 橋爪は目を伏せた。本当は、そんなふうに橋爪の意見や考え方を否定したくはない。それでも、そういわずにはいられなかったから。 「無理言ってる? 紫乃に、いつまでも引きずって欲しくないんだよ」 「忘れられるわけはない」 「……忘れろとは言っていないだろ」 ため息をついた。 どうせ何を言っても、今の橋爪との会話は堂々巡りだろうから。橋爪の繰言を聞きたくないといったほうが正解かもしれない。 足早に部屋を出てランドリーで洗濯機に洗濯物を放り込むと、その足で食堂に入った。 「岸谷、おはよう。飯、頼むよ」 仕込みをしている岸谷の姿を見てほっと息をついた。自分が弱音を吐くことの出来る数少ない人間の一人だからかもしれない。 「ああ、おはよう。今朝は早いな。Drの分も、でいいんだろ?」 「ああ、頼むよ。なんだか、目が覚めてしまってね……」 言い訳めいたセリフを口早に呟くと厨房に程近い席にすわり、ゆっくりと頭を抱えた。 「……眠いんじゃないのか? 疲れてるんだろう」 岸谷が西脇の前に入れたてのコーヒーを置いた。 「……いや、そうじゃないが。悪いな」 カップを取り上げると、立ち上がる湯気が顎をくすぐる。ふわりと立つ香ばしい香りが西脇を誘うが、なんとなく飲む気にもなれなくて。しばらく香りを楽しんだ後、そのままコトリとテーブルに置いた。 「西脇?」 「……しばらく、コーヒー断ちでもするかな」 笑って岸谷を見上げた。今のこの気持ちの中には、たとえ岸谷でも踏み込ませたくはない。 「おいおい」 「気分的にな」 「そこまでDrに気を遣うことはないだろ」 「いや、何となくなんだがな」 笑って、西脇はコーヒーに口をつけた。じんわりとコーヒーが体にしみこんでいく。 「……うまい」 「当たり前だ。食堂の豆じゃない」 岸谷は厨房に引っ込んでいった。 それきり、西脇はコーヒーに手をつける気にもならず、ただぼんやりと食事が出来上がるのを待っていた。 程なく、岸谷がトレーを抱えて厨房から出てきた。 「西脇? 待たせたか?」 「……いや。悪いな」 「誰かに持って行かせようか?」 「いや、いいよ。今からが忙しいだろ? 仕込みの途中に悪かったな」 立ち上がると、岸谷の手からトレーを受け取った。 「―――西脇、顔色があんまり良くないが、お前、ちゃんと食ってるんだろうな?」 岸谷の厳しい視線が西脇に突き刺さる。 「心配しないでも食ってるさ……寝不足なだけだ。仕事は待ってはくれないんでね」 苦笑して岸谷に向かった。 「それに、今日は10時からにしてもらってるから、食事したらまた少し休むさ」 「ならいいが」 「あんまり気を使うな。かえって疲れを自覚するだろ?」 笑って見せて。 そうでもして自分が強がっていなければ、橋爪と共に闇の中へと沈んでしまうかもしれないから。 「だろ?」 敢えてそういってみたというように笑みを取り繕って。岸谷相手ではどこまでそれが通用しているかは分からないが。 それでも、しばらくのことだから。 しばらくすればきっと、また元のように過ごせるからと、自分をごまかすことさえ厭わない。 おそらく、自分の心もどこか狂ってる。 PR この記事にコメントする
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