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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
それでも、慣れた日常には違いない。 恋人が病室にいる、それが異なるだけで、あとは全くいつもと変わらぬ日常だった。 モニター睨みつけながら雑事を処理し、その合間にデスクワークをこなす。 気分が高揚することもなければ浮き立つこともない。ただひたすらに、淡々と業務を進めていく。それだけだ。 昼過ぎて、三浦がのっそりと外警監視室に姿を見せた。再び白衣をまとっているということは、未だ勤務しているということで。 「……まだ上がってなかったんだ?」 朝話したときには、朝食の後すぐに帰るといっていたようだった。思わず訝しげに問いかけても不思議はないだろう。 「朝から急患が出てはね。でも、もう上がるよ。今夜も夜勤だし」 「そうか……」 それでも、この時間から戻っても仮眠程度の睡眠しか取れないはず。橋爪がいるのならば、その負担も軽くなるのだろうが…… 「……迷惑かける」 「どうして? 遅くなったのは、君のせいじゃないし。それに、2,3日徹夜したところで、僕ならどうってことない」 そんな風にいって、大らかに笑う。 決して自分には出来ない芸当だ。眉間に皺を寄せ耐えることは出来ても、笑い飛ばして活力にするほどの力はない。 「……三浦医師。世間話でもしに来たんなら、家に帰ってさっさと寝れば?」 「つれないね」 くすりと笑って、三浦は軽く手を上げた。指で示したのは橋爪のいる病棟の方角。実際、三浦が監視室にまで来て話すとしたら、橋爪のこと以外はないだろう。 西脇は頷くと、三浦を促して監視室の外に出た。 「Drさ、昼食の後、飯を戻したんだ。やっぱり、まだ、完全に食べ物を受け入れることは出来ないようだ」 「それでも、少しずつでも口にしていくしかないだろ。これから先、ずっと点滴で過ごさせるわけにも行かない」 「その通りだよ。当分は戻してもいいから、とにかく食べるって習慣を取り戻させたいと思ってる。少しずつ、加減も思い出してくるだろうからね。生きることを諦めた目じゃないから、多分、大丈夫だと思う」 「……それならいい」 橋爪と再会した時、どろりと濁った彼の目は完全に生きることを放棄していた。生きようとする、その気持ちだけでも持ってくれたのなら、それでいい。きっと元の橋爪のように、少しずつでも、生きることに対して肯定してくれるようになるはずだから。 「気分転換もかねてさ、シャワー浴びてもらったよ。シャワー室だと他の隊員の目もあるから、手術室の簡易シャワーでだけど。着替えは置いてあったバッグから適当に漁らせてもらったよ。これは事後承諾」 「……ああ、構わない。そのつもりで持って行ってたから……ああ、汚れ物は?」 「まだ、部屋においてあるけど、医務室の他の着替えと一緒に洗濯するよう指示は出したよ? 君もそこまで暇はないだろ?」 何が引き金になってフラッシュバックするかは分からない。その危険性があることは出来るだけ排除しておきたい。 「いや、自分のもあるし、ついでだから引き取るよ。その方が、Drも気兼ねしないでいいだろうしな。今は?」 「点滴をしたから、寝てるよ、多分」 「眠れたんだな……」 それでも、眠ることが出来るのなら。薬で無理矢理に眠らされるのではない、自然な睡眠を取れるのなら。 「夕べもほとんど眠ってないだろ? だから、点滴に少しだけど睡眠導入剤を入れさせてもらった。処方したカルテならいつでも見せるよ、西脇さんにならね。それで、西脇さんに二つほどお伺いしようかと思ってね」 「ああ」 わざわざ聞きに来るほどのものなのか…… 「一つはね。明日まで待つけど、排泄できないなら下剤を盛るからね。そのつもりでいて」 「それはお伺いでなく、お達しだろ? まだ、Drはごねてるのか?」 「駄目みたいだ。小用の方は、叱り付けて無理矢理連れて行ったけどね……それでも駄目なら、浣腸するしかないと思ってる。それこそ、我慢しすぎたら体を壊しかねないからね」 「……医者に任せる、としかいえないだろうが」 「ま、そういってもらえると助かる。叱ってたら、何だか、Drを苛めてる気分になってね……」 「医療行為だと、割り切るさ」 西脇は壁にもたれ、深いため息をついた。 「……全部、あんたと堺さんに任せるから。俺は点滴の一つもしてやれないからな……」 「Drにとっては、君がいてくれるだけでいいんだと思うけどな。実際、君が帰ってきたから、少しは落ち着いたようだし」 西脇はくっと唇の端をゆがめ、辛うじて笑みらしきものをその頬に浮かべて三浦を見やった。 「見掛けだけかもしれんぞ? ほんの少しでも理性があれば、自分の傷は隠してでも他人を思いやることの出来る男だからな。何でもない風に装うことなんか、Drには簡単だろ」 「希望を持ってはいけないのかな?」 「持つのはあんたの勝手だろ。それだけか、話は」 監視室に戻ろうとした西脇を三浦が退き留めた。 「だから、二つだって。もう一つは紫茉さんにっていうか、紫茉さんから、だけど」 ぎくりと西脇は足を止めた。聞かなくても分かる。姐の紫茉がどれだけ怒り狂っているかくらい…… ただ、それでも押しかけてくるという実力行使をしないのは、何か理由があるに違いないと、Drを信じているからに違いなくて。 「……怒ってるんだろ? 大方、連絡一つ取れないって」 「ああ、いい加減にしろってね。西脇さんからでも連絡を入れてくれればありがたい」 「……紫茉さんの見舞いの許可は?」 「Drが望むならね。とりあえず病状とかは誤魔化しておいたけど、一声だけでもDrの声を聞かせれば、紫茉さんも多分安心すると思うんだ」 怪我をしていて入院している。でも大したことはないから、心配しないで。 それで通しているとはいえ、だからこそか。大したことないなら、連絡くらいできるはずだと、心配しているに違いないから。 「……そういや、Drの携帯は? どこにも見当たらないんだけど」 「あー、だったらまだ警察かな。現場の遺留品扱いになってると思うし……犯人のものじゃないと分かれば、すぐ戻してくれるさ」 「……わかった。どっちにしろ、Drと話し合ってみるよ。紫茉さんへは俺からちゃんと謝る」 「……かなり怒ってたからね」 それでも、三浦は小さく笑った。西脇も釣られて、片頬にだけ歪んだ笑みを浮かべた。 「謝るけど、その後のフォローは三浦さんの仕事だろ?」 「Drのことになったらさ、僕の言うことなんて半分も聞かないよ、紫茉さんは」 三浦は苦笑した。 「ま、怒鳴られて、彼女に2,3発殴られることくらいは覚悟しておいた方がいいかもね」 「それで許してくれるんなら、甘んじて受け止めるさ。紫茉さんにとっては、最愛の弟のことだ」 三浦が西脇の肩に手を置き、軽く笑うと戻っていった。 西脇は三浦の背中を見送ると、監視室の中に戻った。 「西脇さん、先に休憩に行かれてもいいですよ? 昼食も早かったでしょう?」 モニターを横目で見やりながら壇が言う。 「三浦医師が来たってことは、Drに何かあったんじゃないですか?」 「……いや。Drのお姉さんからの言伝だけだから」 あんなふうに三浦には答えてみたものの、どこかで紫茉に対して尻込みしてしまう自分がいる。 橋爪が受けた傷を、女性である紫茉に共有させることは酷なのではないかと。 性差というものではあるけれど、レイプや強姦、陵辱といったことは女性が受けることが多いもので、男である橋爪以上に、恐怖し嫌悪感を抱く可能性が高い。 それだけに、橋爪の受けた傷を理解することも出来るのだろうけれど。 それでも、自分の口から橋爪のことを言うことは出来なくて。 「西脇さん?」 「それより、壇。篠井さんが戻る頃に俺はゲートに出てそのまま上がるから、俺のいる間に早めに休憩を回していけよ」 「……了解です」 壇は事情を知っている数少ない隊員のうちの一人。それだけに気を使ってくれているのだろうが、余計な世話だと叫びたくなる衝動を抑えるのに必死で。 「……6番のモニター、こっちに回してくれ」 あえて、仕事モードに頭をスライドさせた。 PR
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