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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
岸谷の用意してくれた食事を一旦寮の部屋へと運び、日中閉ざされたままで蒸している空気を追い出すべく窓を開けた。
さっきはそこまでする気力もなくそのまま放置してしまった、居心地のいい部屋への第1歩だった。 日が暮れて、ようやく心地よさを含んだ涼風が流れ込んでくる。 吹く風は変わらないのに、それを受ける人間が―――受け止める人間の心が変わるだけで、こうまで変化するものだろうか。 せめて橋爪が居心地よくすごせるようにとシーツを交換してベッドを整えて、西脇は深い溜息をついた。何かに対してではなく、知らずこぼれる深い溜息だった。 病室へと戻ると、そこにはまだ点滴に繋がれたままの橋爪が横たわっていた。 鎮静剤が効いているのだろう、死んだように眠る橋爪の頬は変わらず青ざめたままだった。 「……紫乃」 頬にかかる髪をそっと払いのけ、西脇は引き寄せた椅子に腰を下ろした。 「……早く追い掛け回してくれよ……」 逃げる男に追う男。 いつも繰り返されてきたその営みも、西脇にとっては愛情表現の一つだったから。 『いい加減、検診受けてくださいっ』 少しきつく睨んでくる眼差しも。 『仕方のない人ですね』 苦笑する秀麗な頬も。 どれも失うことはないと思っていたのに。 普段、何気なく手にしていたものが、失ってから初めて大切なものだったんだと思い知らされた。 程なくして、篠井が病室へとやってきた。 「やはりこちらでしたね。今、部屋の方へ伺ってきたんですよ……」 篠井がゆっくりと病室に入ってきた。 「三浦医師に、ここは聞きました」 「……そう」 「Dr、眠って……?」 篠井は小さく呟くと、ベッドの上の橋爪の顔を覗き込んだ。 「……大半が、Drが自分で傷を付けたのだと、隊長から聞きましたが」 「……ああ、自分でこうやって爪を立てて、な」 西脇は自分の頬に爪を立てた。それだけでもキリリと痛みが走る。そうでもしていなければ耐えられないほどの橋爪の心の痛みに、改めて浮かび上がってきた慟哭を必死で押し殺して。 「池上がいたから、それでもこの程度で済んだんだ」 「そうでしたか……たった4日前のことなのに、もう随分と経ってしまった気がしないでもありませんね。こんなに痩せて……」 篠井がそっと橋爪の露になった手の甲を撫でた。 「西脇さん、Drには傷があるといってましたよね」 「ああ、コルヒドレの事件の時の傷だろう?」 「……そして、また、テロリストに」 「……前は、それでもまだ石川がいた。石川に……石川の心に傷をつけるためだけに、Drは傷つけられた。悪夢のような時間だっただろうと思うよ。石川も、多くを語る人間じゃないけれど。それでもDrの様子は終わったあとに教えてはくれた。Drの絶叫が耳から離れないと……切り付けられ抉られた時の悲鳴より、石川が屈して頭を下げた時の絶叫が忘れられないんだと……」 「―――見た目より、男らしいですからね。体の傷より、心の傷、ですか……」 「その男としてのプライドを、テロリストが粉々にしたんだろう」 前の事件でもそうだった。自分は何も出来なかった。折角、癒えかけていた傷を今回の事件で抉り返してしまった。より酷い形で。 自分の無力さだけ膨れていく。 何故、あのタイミングで帰国メールを送ってしまったのか。ぐっと我慢して、研修が終わってからでもよかったはずなのに。 もし、メールを送っていなかったら? 橋爪が自分のメールに返信することもなく、巡回の途中で嬉しそうに自分の帰国の話をすることもなく、テロリストに遭遇するタイミングも完全にずれていただろう。 「……タイミングばかりずれて、何も出来なかった。今も、昔も……」 ただ、ぽつりと西脇は呟いた。 篠井がゆっくりと西脇の腕を叩いた。 「西脇さんが戻ってから、Drの調子も戻ったのだと。西脇さんがDrの支えになっている―――そうでしょう、Dr?」 西脇ははっとベッドを見下ろした。橋爪は目を開け、二人を見ていた。 PR この記事にコメントする
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