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西脇はベッドサイドからテーブルをずらすと、橋爪の前にトレーごと小さな土鍋をおいた。
蓋を開けると、昆布のだろうか、優しい匂いがする。 「Drはこっち。足りなければ、また用意してくれるそうだよ」 要らないという意思表示なのか。橋爪は小さく首を振った。三浦がそれを覗き込む。 「美味しそうじゃないか。ただの粥じゃなくて、出汁なのかな?」 「のようだな。粥というよりは、雑炊に近いのかな」 少しでも橋爪の食が進むようにと、岸谷が用意したのかもしれない。 「Dr、食べようよ。さすがに腹が減った、俺は」 西脇が少々おどけたようにいうと、橋爪は驚いたように目を見開き、そしてほんのり微笑んだ。 「……私が食べたくないというと、意地でも付き合って、一緒に食べなさそうですよね。西脇さんったら……」 「分かってるじゃないか。みんなで食うと、美味いよ、きっと」 橋爪の手にゆっくりとレンゲを握らせた。橋爪も西脇の行為に拒否する気持ちなどないようで、大人しくなされるままになっている。 「食べれる分だけでいいんだ。残しても大丈夫だから。なんなら、こっそり俺が食べてもいいし」 それには盛大に三浦も噴き出して。 「西脇さん、それじゃ意味ないじゃないか」 「堺さんにばらさなきゃ、それでいい」 笑う二人に橋爪もゆっくりと微笑を浮かべる。 「仕方ありませんね……頂きます」 ゆっくりとレンゲで粥を掬い、橋爪はそれを口に含んだ。小さく咀嚼して飲み下したその姿に安心して。 三浦もそうだったのだろう。ようやくカップを口元に運んだ。 「頂きます……あれ、食堂のコーヒー? 自販機のかと思った」 「淹れてもらったんだ」 「贅沢だなぁ、朝から」 「コーヒーがないと、目が覚めないからね」 西脇も小さく笑って、コーヒーの香りを楽しみ口に運ぶ。 「Drも一口飲む?」 西脇が自分のカップを差し出すと、橋爪はこくりと頷いてそれを受け取った。 「あ、Dr。一口か二口だけだよ? 胃に負担かけるといけないし」 横から三浦が口を挟む。 「いきなりだと、胃がびっくりするかもしれないしね」 「あー、そうだな……拙かったか」 そう呟く西脇に三浦は苦笑して、カップの中に視線を落とした。 「でも、Dr、コーヒー好きだろ? だったら、少しならいいかなって。でも、堺さんには一応内緒でね」 さっきの応酬のやり直し。きっと三浦も西脇と同じなのだ。 「三浦さんはDrを甘やかすなぁ……」 「でも、Drだけ飲めないのも寂しいよ。な」 「あ、私は……その、我慢しますから」 「我慢しなくていい」 西脇はぼそりと呟いた。 「ストレートが駄目なら、カフェオレくらいならいいだろう? 昼はそれを持ってくる」 「あ、うん、それならいいかもね。ミルクは体にもいいし」 三浦の橋爪への扱いが腫れ物に触るように感じるのは気のせいではないだろう。 西脇が橋爪に感じている暗い闇の存在を、三浦もまた感じているのかもしれなくて。 当たり障りのない隊内の話題を口にしながら、橋爪と共に笑って。 「……そろそろ時間だな」 西脇は腕時計で時間を確かめると立ち上がった。 「西脇さん? 今日から早速復帰なんですか……?」 心細げに、橋爪が西脇を見やる。 「昨日、ロスから戻ってこられたばかりなのに……」 「2週間も不在にすると、デスクワークが溜まるよな。部屋でやるか会議室でやるかの違いだけだよ」 「……それでもお疲れでしょう……?」 「大丈夫だよ。それより、Dr。早く復帰しないと、Drがいないのを幸い、石川が無理する気満々だぞ?」 あえてそんな風に話を反らして、からかってみたりもして。コーヒーを飲み干すとゆっくりとカップを置いた。 「あれは寝不足な顔だな」 三浦も西脇の言葉端に乗っかってくる。 「だろう? あとで顔を出すといってたから、説教してやるといいよ」 「……もう。そうやって誤魔化すんだから」 「うん、お説教はまた後で聞くから。もう、飯は大丈夫?」 半分近く減った器の中を覗き込むと、橋爪は深く頷いた。そしてレンゲをトレーの上に置く。 「ええ……ご馳走様でした」 「西脇さん、食器なら、僕が片付けておくけど?」 「三浦さん?」 「ご馳走になったお礼だよ。朝礼出るんだろ?」 三浦に促され、西脇は立ち上がった。いささか強引にとも言える口調で、西脇を追い出しにかかっている。 「……あー、じゃあ、折角だから頼もうかな」 「ああ、そうして」 三浦の言動に訝しさを感じつつも、西脇は時計の針に追われるように頷いた。 「じゃあ、Dr。朝礼が終わったら、また顔を出すから」 「……私なら大丈夫ですから。だから、無理しないで……」 「寮に帰るより近くだと思うけど?」 ただ掠めるようにその髪に触れて。 「……行ってらっしゃい」 縋るかのように見上げてくる橋爪にそれでもゆっくりと頷くと、振り切るように病室を出て。西脇はそのまま朝礼ホールへと向かった。 橋爪のことは三浦が何とかしてくれるだろうと。 三浦には何か思うところがあり、それは自分には知らせたくないことなのだろう。橋爪もそれを望んでいる節もある…… ぐっと拳を握り締め、それでも平然とした顔を作り上げて。 「おはよう」 何事もなかったかのように朝礼ホールの入り口をくぐり、壇上に上がった。そこには班長達が既に待っていた。 「お帰り、西脇」 「ああ、ただいま」 昨日会うこともなかった班長達にも軽く挨拶をし。 「悪い、遅くなった」 「いや、大丈夫だよ」 三舟の頷きにやや苦笑して。 「西脇。Dr、飯は?」 横にいた石川が視線を寄越す。 「ああ。完全にとは言わんが、半分ほど」 「うん、それならいい」 深く石川は頷いて。 「よし。三舟、朝礼を始めよう」 「はい。朝礼を始める」 三舟が一歩前に出た。 「おはようございます」 「おはようございますっ」 揃った隊員達の挨拶はいっそ清々しいもので。 いつもながらの光景がそこには広がっている。 当日の予定やこれからの大きな予定、注意事項などを三舟が、そして石川が自ら確認していく。 いつもの通りの、何一つ変わらない風景だった。隊員達の笑顔も元のままだ。 ただ、そこに恋人の笑顔がないだけだ。壁際に立って、他の医務班の連中と並んで穏やかに笑みを浮かべる、その姿がないだけだ。 それでも日常はいやがおうにでもやってくる。 西脇は、ただ平然とした表情を浮かべ、淡々と業務をこなすのだろう。 今までと同じように。 そしてこれからも。 PR
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