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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
「……ごめん、紫乃」 泣きじゃくる橋爪の横に西脇はゆっくりと腰掛けた。 「……怒鳴って悪かったよ……」 しかし、橋爪はただ首を振った。 「そんなにキスがしたかったわけじゃないんだろう?」 「……帰ったら……て、待って……た……に……」 嗚咽の間に零れる言葉に、西脇はゆっくり笑みを浮かべた。 「うん、俺もね。紫乃を抱きしめたいと思っていたよ。帰ったらって、待ってた」 そっと手を握り、ただ安心させるためだけにぎゅっと握った。それ以上でもそれ以下でもなかった。 自分がいることで不安を覚えないで欲しいから。 自分が存在すること自体を不安に思って欲しくないから。 むしろ、自分が存在することで、安心を感じて欲しいから。 「帰国前に電話したの、覚えてる?」 橋爪はこくりと頷いた。 「2週間も離れていたね。2週間分愛して出かけても、ずっと逢いたいと思ってたよ。声が聞きたいって。紫乃の笑顔が見たいって……なあ、もう一度、顔を見せて。ほら、紫乃」 それでも橋爪はシーツに顔を埋めたまま、何度も首を振って拒絶した。 「俺は紫乃の顔を見たいよ。そして、俺の顔を見て欲しい……」 西脇は呟いた。 「怪我が治ったら、たくさんキスしようよ。嫌ってほど、一杯してあげるから」 頷く橋爪の髪をゆっくりと梳き、髪の先に唇を押し当てる。 「……に……きさ……ん」 そっと顔を上げさせ、零れる涙に唇を這わせる。 逃げようと僅かにもがく橋爪をそっと戒め、何度も涙の跡を舌先で辿った。 動物の子が傷口を舐めて治すように、何度も何度も涙の溢れる眦を舌で舐め取り、頬に浮かぶ傷口に唇を押し当てる。 「西脇さん……」 橋爪がゆっくりと名前を呼んできた。 「ああ……」 そっとひび割れた唇を親指で辿った。 たった一人で何度この唇をかみ締めたんだろう。唇をかみ締めて、必死で耐えてきたんだろう。 ただ、早く傷口だけでも癒えて欲しい。だから。 「西脇さん、キスして……」 ポツリと橋爪が呟いた。 「紫乃……?」 「ちゃんとキスして……お願いですから……」 「いいよ……キスしよう……」 こうして一つずつ、失いかけたものを再びこの手に取り戻せて行くのなら、それもいい…… 西脇はゆっくりと唇を押し付けた。 あがらう 橋爪をちゃんとその腕の中に抱きしめて。 「紫乃、ちゃんと俺を見て」 「西脇さ……」 「うん、ちゃんと見て」 橋爪の手を取り、自分の頬に手を当てさせた。 「あったかい……」 「だろう? 他の誰でもないよ。俺を見て。怖がってもいいから、ちゃんと俺を見て」 西脇は繰り返した。橋爪も体を竦ませながらも必至で西脇を見つめようとしてくれる。 「怖いことはしない」 ただそういうしかできなくて。 口づけを希う心の裏で、恋人への恐怖と必死で戦っているのだろうから。 自分の体が昂っていくのには無理矢理蓋をして。自分の情欲は見なかったことにして。 橋爪の存在がありさえすれば、触れ合いがあるか否かは西脇にとっては些細なことだった。 ゆっくりと唇の先を啄み、確かな感触を確かめる。 先ほどの、心の伴わない凍るような冷たい口づけではなかったから。 西脇は橋爪の吐息が解け零れるまで、ゆっくりと唇の先だけをしっとりと濡れるまで優しく愛した。 「紫乃、怖くないだろ?」 西脇に囁かれ、橋爪は小さく頷いた。 「……唇、もう痛くない?」 「あ……」 橋爪はゆっくりと自分の唇に手を触れると俯いた。 「……ごめんなさい」 「これだけ荒れていたら、飯を食うのも辛かったよな……」 橋爪はただ首を振った。 「紫乃」 口元を覆っていた掌をゆっくりと外させると、指でそっと辿った。先ほどとは違い、しっとりと指先に吸い付いてくる。 「あとで、クリームでももらってくるよ。ちゃんと治ったら、紫乃が教えてくれる? それまで、ちゃんとしたキスはお預けにしよう?」 「西脇さん……」 「こうして、一個ずつでいいからちゃんと解決していけばいいんだよ。焦らなくてもいいから、紫乃が自分で選べばいい。どんな道を選んだって、俺は紫乃を信じるよ。どんな姿だって、何があったって、俺が紫乃を嫌いになることはない。分かるよな?」 こくりと小さく橋爪は頷いた。 「……このまま、ここの医師を辞めたとしても……?」 ひょっとしなくても、JDGを辞めるということを考えていたのかもしれない。奇しくも、堺が考えた通りに。 ……民間で医師を続けるも、他の仕事に就くも、それは西脇が強制することではないから。 「それが、紫乃の選んだ道なのなら、俺は反対しない」 橋爪は俯いた。 「でも、俺はそれでも紫乃の傍にいるよ」 「西脇さん……」 ただそっと髪を梳いて、涙の膜の張った目をしっかりと見つめる。 「いつだったか、紫乃がいってくれたよね。俺が外警班長をクビになっても、紫乃が俺を導いてくれるって。だから、紫乃が医師を辞めても、俺は紫乃についていくよ? 俺を引っ張っていってくれるのは紫乃しかいないだろう?」 頬を撫で、痩せ細った体を引き寄せると、橋爪は今度は従順に西脇に身を任せてきた。 「……本当に、無茶しますよね……ほっとくと……」 「うん。だから、俺の健康は紫乃が見てくれないと」 西脇は軽く笑って。 「ほら、紫乃……窓を見て?」 ブラインドの隙間から、明け方間際の微かな陽光が射しつつある。 「夜が明けてきたみたいだ」 「……本当なら、今日、帰国だったんですよね……」 「だって、紫乃がさくっと終わらせて帰って来いっていったんじゃないか」 西脇はベッドから降りると、ブラインドを上げた。紫色からオレンジ、そして青くグラデーションに彩られた空が窓から見える。 「ほっとするね、何だか」 「西脇さん」 「……明けない夜はないよ、紫乃」 陽光を背に受け、西脇はまっすぐに橋爪を見つめた。 「止まない雨もない。いつかは……だろう?」 ゆっくりと深く橋爪が頷いた。 「どんなに苦しい時だって、いつかはそれがよかったと思えるときが来るはずなんだ。今は、一番苦しい時かもしれない。だけど、まっすぐに歩いていけば必ず……」 「西脇さん……傍にいてくれるんですか……?」 「いるよ? 約束したじゃないか」 殊更に軽く笑って。 ベッドサイドに戻り、橋爪の手をゆっくりと取った。 「何度でも誓うよ。ずっと一緒にいよう」 「……はい」 橋爪の深い頷きに西脇も笑みを零し。 悲しみも苦しみも、いつかは生きる糧になる。 曲がりくねった道でも、ゆっくり進めばいい。 ゆっくりと歩いていけば、いつかは見つかるものがあるかもしれないから。 だから。 先ほどより強い陽光に包まれて、橋爪が西脇を見つめていた。 PR
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