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025
 エレベーターを待つのももどかしく、西脇は階段を駆け上った。
 勤務中でも滅多にないほど息を切らせ汗を浮き立たせて橋爪の病室のドアを開ける。
「Drはっ!?」
 病室に入るとベッドの上に橋爪の姿はなく、代わりに三浦と細野がベッドと壁の間に立っていた。
 三浦に問いかけると、三浦は俯いた。いや、視線を足下に落としたと言った方が正解だろう。そして、困りきったように苦笑した。
「三浦さん…?」
 その視線に訝しさを感じながらもベッドを回ると、そこには橋爪が蹲っていた。
「Dr?」
 眠っているわけではない。その証拠に西脇の囁きに、橋爪は体をびくりと震わせたのだから。
 西脇は困ったように二人を見ている三浦を見上げた。
「…何も話してはくれない」
「…そう…」
 西脇は橋爪の前に跪いた。
「Dr? 紫乃? どうかした?」
 だが、橋爪は小さく首を振り、胸元に抱えたシャツをさらにきつく抱きしめただけだった。
 胸元に抱えられたそれは、朝西脇が着ていた記憶があるから、脱ぎっぱなしにしていったシャツだろう。多分ソファの背かなんかにかけっぱなしでそのまま出勤したはず。
 ひょっとしなくても、それを自分の代わりにして、長い無為の時間を過ごしてきたというのか。
 愛しさと苦しさがない交ぜになって西脇を襲う。
「ただいま、Dr。どうしたの? 何かあった?」
 しかし、それでも橋爪は首を振るだけだった。
 よく見た彼の目は真っ赤に泣き腫らしていて、必死で唇をかみしめていて。
 髪を振り乱し、伏せた目から溢れたのだろう涙の跡が幾筋も傷の走る頬の上に残っていた。
 最初に逆戻りしたようだった。せっかくこの手にその存在を取り戻したと思ったのに。
「Dr」
 橋爪の体がガタガタと震え出す。ぽろぽろと大粒の涙を再びこぼしだし、シャツがねじ切れんばかりにきつく握りしめて。
 ひょっとしたら、呼びかける声に微かな苛立ちが混じったのかもしれない。
「ちょ…ほんとにどうしたの。何か怖いことでもあったのか?」
「…に…さん…」
 橋爪の瞳がぐらぐらと揺れ動く。それでもようやく橋爪の唇から言葉が紡ぎ出された。
「ああ」
 ポケットの中からハンカチを取り出すとそっと傷に触れないようその涙を抑えていく。
「…も…や…」
「何が嫌なんだ?」
「も…帰る…」
 西脇の胸元が掴まれた。シャツを力任せに掴まれて、一瞬だけ息が止まる。
「も、部屋に帰りたい…もう、一人は嫌…」
「部屋に? 分かってる、Dr? まだ、戻れる状態じゃないだろう? だから、堺医師せんせいだって戻っていいとは言わなかった」
 ひとたび言葉を紡ぎ出せば。一つの言葉が次の言葉を導いていくのだろう。橋爪は泣きじゃくりながら、「もういやだ、部屋に帰りたい」、そればかりを口にした。
「部屋に帰っても誰もいないんだぞ? ずっとついていてやることもできないだろ?」
 諭すように、一つ一つの言葉をゆっくりと西脇は口にする。
 しかし、橋爪は首を振るだけだった。
「Dr、ちゃんと言うことを聞いて。他の出来ることなら何でも叶えるから」
「それでも部屋がいい…っ」
「Dr、お願いだから、もうちょっとここにいようよ」
「や…西脇さ…っ」
 掴まれたシャツごと、西脇の体ががくがくと揺さぶられる。
「Dr…紫乃、ちゃんと聞いて」
 不意に呼吸が軽くなった。床にうつ伏せるようにして橋爪が泣きじゃくる。
「三浦医師、何が?」
「何もなかったよ。信じてもらえないかもしれないけど」
 嘆息とともに三浦が呟いた。
「何かあれば、仕事中だろうがなんだろうが君に連絡は入れてる。だろう?」
 実際、午後も外警監視室までやってきて状況を報告してくれたくらいだ。橋爪に何かあれば、三浦のことだ、仕事中だろうが何らかのコンタクトを取ってくるだろう。
 だとすれば、橋爪がまた奇怪な行動をとりだしたのは呼び出される寸前くらいなのだろう。
 …ひょっとしたら。
 泣きじゃくりながら揺れ動く橋爪の髪を見ながら思った。
 ひょっとしたら、定時を過ぎても病室へと現れなかった西脇を案じて、不安になっていたのではないのか。
 自分的には定時を過ぎることはむしろいつものことで当然だと思っているし、橋爪もいつもならちゃんと分かっていることだった。
 実際、仕事は山積している。出張の間に溜まっているデスクワークをこなすことも必要だったし、今日は帰国する篠井を出迎えるという約束もしていた。
 でも目の前にいる男はいつもの橋爪じゃない。
 小さな不安に嘆き苦しむ病人で。
 それでも、その震える肩を抱きしめて不安を消したいと思っている愛しい男だから。
 そう考えれば、橋爪が自分の脱いだシャツを必死で握り閉めているのも、分かる気がして。
「…ひょっとしなくても、待たせてしまったかな? 今日はいつもより少し遅かったからな」
 そういいながら、三浦や細野の視線を痛いくらいに感じつつもゆっくりとその肩を引き寄せた。
「今日はデスクワークしてて、篠井さんの出迎えをしただけだから、危険なことは何もなかったよ。だから、安心して?」
 いつまでも橋爪の心の中に巣食うテロへの恐怖心。
 それは橋爪自身だけじゃなく、西脇がこの仕事に就いている限りなくなることはないだろう。むしろ心の闇の中に巣食いながら増殖していくのかもしれない。
 だとしたら、橋爪が離職するつもりなのなら自分もまた一緒に離職するのもいいかもしれない。
 自分が望んだ仕事だけど。
 橋爪を失うことに比べたら、その方がまだましだ。
 たとえ離職したとしても、どんな仕事だってそれなりにこなしていくことも自分にならできるはずだ。
「西脇さん…いや……部屋に戻る……」
 それしか頭にはないようだった。何が橋爪をそういう衝動に駆らせたのかは分からないが……
「俺の勤務中、部屋には誰もいないんだよ? 食事だって自分で食堂に行かなきゃいけない」
「それでも、いいですから」
「Drさ、この前だって部屋には入れなかっただろう?」
 三浦が上からぼそりと呟いた。その言葉にはっとしたように橋爪は顔を上げ、きつく三浦を睨み上げた。
「それでも……っ」
「一人でどうするつもり?」
「……もう、大丈夫ですから。三浦さん、お願いします。もう、大丈夫ですから」
 発作的に出る「もう大丈夫」という台詞が周りをよけいに心配させているということに、この目の前の男は気づいてもいないのだろう。
「そうまで言われるとさ……なんだか、監禁している気分になるんだけど」
 ぼそりと三浦が呟き、困ったように頬を指で掻いた。
「さっきも言ったけど、西脇さんが仕事の時、誰も周りにはいないんだよ?」
「……それでもいいんです」
「……Drに泣かれると弱いんだよね」
 三浦が苦笑して西脇を見た。
「そうだな……今夜、とりあえず部屋に戻すとして。西脇さん、一緒にいれる?」
「……約束は出来ない。突発的な何かがなければ、になる」
「……うん、そうなんだよな。何かあるかもしれない場所だもんなぁ……ま、その時はその時か」
 三浦の脳内ではいろいろな考えがしばらく駆け巡ったのだろう。しばらくぶつぶつと呟いていたが、深く頷いて橋爪の前に膝を付いた。
「分かったよ、Dr。正式に退院の許可を出すことは出来ないけど、今夜は部屋に戻っていい」
 三浦の言葉に、橋爪は西脇のシャツを握りしめたままこくりと頷いた。
「ただし、明日は西脇さんの出勤の時でいいから、病室に戻ってくること。それは約束して。今夜、大丈夫なようなら、少しずつ寮にいる時間を増やしていっていいから。西脇さん、頼めるね?」
「分かった」
「ただし、呼び出しとかあったら遠慮なく医務班に連絡を入れてくれるかい? その時はまた考えるから」
「ああ、そうだな」
 三浦はゆらりと立ち上がった。
「じゃあ、Dr。念の為に栄養剤、点滴しておこうよ。加えて食事取るなら、なおいいけど」
 口早に細野に簡単な指示を出して。細野が病室を出て行くと、微かに腰をかがめ橋爪を覗き込んだ。普段の笑みを含んだ三浦の表情ではなく、何かを検分し検証しようかとする医者としての表情だった。
「Dr、ベッドに上がってくれるよね?」
 三浦の言葉に小さく頷き、橋爪はごそごそとベッドによじ登った。手を貸そうとする西脇を三浦がそっと遮る。
 あくまでも橋爪自身の力で動かそうとしているかのように。実際、そうだったのだろう。
「Dr、横になったら腕を出して。細野君が戻るまでそのままで待ってて」
「……三浦さん……」
 自ら腕を曝け出すことにさえ、抵抗があるのかもしれない。
「自分でやるんだ。別に全部脱げといってるわけじゃないだろ? ちゃんと僕に見せて……うん、そう。それでいい」
 のろのろとシャツの袖を捲り上げた橋爪に、三浦は詰めていた息を吐き出した。溜息をついたといった方がいいかもしれない。
 むき出しになった腕に走る生々しい傷が痛々しく目に映る。
「Dr……また引っかいたね。血が滲んでる。手当てするよ」
 三浦はベッドサイドにワゴンを引き寄せると、道具を開いた。金属のこすれあう音が微かにし、それを三浦の深いため息が隠す。
「三浦医師?」
「……あ、いや。うん、そんなにひどくはないな、よかった。ちょっと染みるけど、我慢して」
 ピンセットを取り上げ、消毒液に浸された球綿を取り出す。
「僕に出来るのは、こういった傷の手当くらいだからね。医者って、意外と何も出来ないものなんだよな」
 そういって、豪快に手にした消毒面を橋爪の傷口に押し当てた。痛みのためだろう、橋爪の体がはっきりと強張ったのが見て取れた。
「三浦さんっ」
「……痛い、です」
 思わず三浦を制しかけ、西脇ははっと橋爪を見やった。ちゃんと焦点の合った視線で、三浦を睨んでいる。
「そっか、ごめんごめん。ちょっと思い切りが良過ぎたかな」
 三浦の頬に笑みが浮かぶ。それ以降は繊細なまでに丁寧に消毒をし、絆創膏を貼るのは戻ってきた細野に任せた。
「ちゃんと感覚も戻ってきたみたいだね。ちゃんと回復してるじゃないか」
「だから、私は……っ」
「うん、分かったって。だから、一時退院、認めたんじゃないか」
 橋爪の言葉に苦笑して。
「西脇さん」
 そして、三浦は改めて西脇を見やった。
「Drさ、ここ数日シャワーしか浴びてないし、もしよかったらなんだけど、ゆっくり入浴するのも悪くないんじゃないかな。もし、Drが風呂に入りたいなら、だけど」
「……いいのか?」
「いいも何も、もともと傷はそれほどたいしたものじゃないし。シャワーだけじゃ、疲れも取れないだろうから、たまにはね」
 こくりと橋爪は頷く。
「でも、ちゃんと西脇さんに手当てをし直してもらうこと。西脇さんもそれでいいか?」
「……ああ。それはもちろん」
「じゃ、点滴しよう。少し、ちくっとするよ」
 ほんの少しだけ怯えたように橋爪は三浦を見上げていた。
「大丈夫。ほら、単なる栄養剤だから……な?」
 点滴のパッケージを掲げて見せて。きっとそれには精神安定剤なども混入されてはいるのだろうけれど。それを今の橋爪に教えることはないはずだ。
 ゆっくりと太い針が橋爪の腕に飲み込まれていく。テープで固定されて、液滴の調整をして。
「あと1時間、だね。終わったら部屋に戻っていいから、もうちょっとだけ頑張って……今の間に眠れるようだったら寝ておくといいね」
 三浦は橋爪の顔にそっと触れた。そして、かるく白衣の襟を引っ張った。
「西脇さん、部屋には救急キットもあるとは思うけど、念の為に持ち出し分用意するから、寄ってくれないかな」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ」
「じゃ、またあとで。細野君は終わるまでDrについててくれるかい?」
「分かりました」
 細野が点滴の確認をするようスタンドの傍に立つと、西脇はほっと息を吐いた。
「Dr、帰国した篠井さんと少し話をする約束があるんだ。点滴が終わるまでには終わらせてくるから、一緒に部屋に帰ろうよ」
 こくりと頷いた橋爪に、出来る限りの笑みを浮かべて。若干張り付いたような笑みになってしまうのは仕方ないだろう。
「あと1時間待ってるから。それまでゆっくり休んでおいて」
 伸ばされた左手を軽く握って、荒れた指先にそっと唇を寄せる。このまま時が止まってしまえばいいのに。


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