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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
池上はただ、まっすぐに西脇を見ていた。 「……僕は、ただ……」 「池上。Drは俺の手を拒んだよ。いや、受け付けないといった方がいいか」 「そんな……っ」 池上は首を振った。 「Drは、何度も西脇さんを呼んでました…っ」 「そうみたいだな。心じゃ呼んでいても、実際は拒絶してる。それでも、おまえの手を受け入れるのなら、まだ俺も希望が持てる」 石川にも岸谷にも見せられない、秘めておきたい弱みだった。何故か、目の前の部下にはそう漏らすことが出来たのだが。 自分が信頼する部下であり、今の橋爪が唯一その温もりを受け入れることの出来る男だから。 見上げてきた池上に、ゆっくりと笑みを返した。池上の目には皮肉気に映るかもしれないが、それでも。 「俺は―――俺はDrを、紫乃を諦めないですむ」 「……はい」 池上はゆっくりと頷いた。 ひょっとして、自分はどこか辛そうな表情でも浮かべていたのだろうか。池上の目は痛ましげに西脇を見上げていた。 「大丈夫だ。おまえが気にすることは何もない。そうだろう?」 それでもそれは自分への言い聞かせでもあった。 そう強がってでもいなければ、自分もどうにかなってしまいそうで。 「……はい」 「……Dr?」 池上の後ろで、橋爪が微かな呻きを漏らして体をよじらせた。池上が慌ててベッドサイドに駆け寄る。 「Dr! 駄目っ」 橋爪は頬に爪を立てていた。ギリギリと音が立つかと思うほど、深くつめが食い込んでいく。 痛みと苦悶に、顔をゆがめる橋爪を呆然として見ていた西脇は、はっと我に返ってその手を掴んだ。 「紫乃、駄目だ」 「あ……やぁ……っ!」 橋爪唇から、割れた悲鳴が飛び出す。 西脇の手を振り解こうともがき、髪を振り乱して拒絶している。 「紫乃っ」 「駄目、西脇さん! 止めないで!」 池上が西脇の手を掴んで、橋爪から引き剥がした。 「だが」 「止めたら、逆効果なんです」 「池上っ」 西脇の目の前で、池上が橋爪をそっと抱きしめた。 一瞬、怒りに目の前が真っ赤になる。橋爪にも池上にも、何の感情も他意もないのは分かっている。池上が橋爪を守りたいだけなのも。 それでも嫉妬に目がくらむのは、自分がまだ橋爪を諦めていない証拠なのだろう。他の誰にも触れさせたくすらない浅ましい独占欲も。 「黙っててください」 爪を立てようとした頬に、池上は掌を押し当てながら言った。 「……つ…っ」 さらに自らの頬に立てられるはずだった橋爪の爪は、池上の手の甲に容赦なく食い込んでいた。ぎりぎりと爪が引き立てられ、赤い筋の上にゆっくりと血液の玉が浮かび上がってきた。 「池上!?」 「大丈夫ですから、西脇さん」 池上は小さく頷いただけで、橋爪を抱く腕を緩めようとはしなかった。 「あ、やあ……」 「Dr、僕ですよ。大丈夫。大丈夫だから」 それでも、池上は辛抱強く橋爪を支え、何度もその台詞を繰り返して。 手の甲だけでなくその腕まで引っかかれても、池上は僅かに眉根を寄せただけだった。ただひたすらに「大丈夫だ、もう終わったんだ」と囁き続けた。 池上にしがみ付く橋爪の指から力が抜け、ずるりと体が沈もうとしたところを池上がそっと支え直した。 「……池上……」 ゆっくりと橋爪の目が開き、目の前の青年の顔を認めた。決して自分を認めたわけではない。 たとえ、涙で潤んで膜が張っていたとしても、それでも紛れもない橋爪の覚醒だった。 「Dr、もう全て終わったんですよ、何もかも。だから、大丈夫。ね?」 「……ああ……」 池上はゆっくりと橋爪の手を取り、両の掌で包み込む。 ぐったりと池上に頭をもたせ掛け、橋爪はゆっくりと目を閉じた。自らを安心させるかのように、必死で池上のシャツを掴んでいる。 きっと、幾度となく繰り返されてきた光景なのかもしれない。 何も出来ない自分が悔しくて。 苦しんでいた橋爪に何もしてやれなかった自分の不甲斐なさが悔しくて。 「……池上、池上……」 「はい、Dr」 「……西脇さんは?」 池上がゆっくりと西脇を仰ぎ見た。 「……西脇さん、たくさん呼んだのに、来ないんだ」 記憶が混乱している。 先ほど、ちゃんと橋爪は西脇を認識したはずだ。西脇を拒絶して、それでも縋って泣いたのではなかったのか。 橋爪の中では、それすらもなかったことになっているのかもしれない。 橋爪の意識の中の悪夢と現実が混在しているのかもしれなくて……西脇に再開したことは悪夢の範疇に片付けられているのかもしれなくて。 「西脇さんは帰ってきてます」 池上の言葉もきいてはいなかった。ただ、何度も首を振って。 「いや……っ! 西脇さん……西脇さんは? テロがあったって。怪我してるんだ。だから、戻ってこないんだ。西脇さん、西脇さん……っ」 「Dr、ちゃんと見てって」 嫌々と首を振る橋爪の肩を、池上がゆっくりと揺すった。 「ちゃんと僕を見て、Dr。こっちが現実なんですよ」 「こんなに呼んでるのに! いやぁ! 西脇さん!」 「いいから、Dr」 池上はきつくその手を握った。 「お願いですから。大丈夫だから。目を空けて、ちゃんと見て。また悪夢に取り込まれたいの?」 「……う……西脇さっ……」 ポロポロと涙を零す橋爪の肩をそっと叩いて。 「僕を信じて……ゆっくり息をして」 池上の指がそっと橋爪の頬を辿り涙を拭う。 「うん、吐いて……もう一度吸いましょう……吐いて……Dr、ゆっくりと目を開けて」 さっきより、少しだけ強い光が橋爪の瞳に戻ってきていた。 「Dr、こっちが現実なんですよ」 池上の言葉に、橋爪が小さく頷いた。 そして、池上はゆっくりと西脇を振り向いた。つられて橋爪もその目線に目をやり、はっとしたように目を見開き息を呑んだ。西脇の姿を認めたのか、怯えたように体をすくめた。 だけど、それさえ西脇には否定も出来なくて。 「Dr、ただいま」 「……西……」 「お疲れ様。よく眠れた?」 「……私は……」 「Dr、大丈夫だから。ちゃんと西脇さん、怪我しないで戻ってきたでしょう?」 池上は橋爪を開放し、ベッドから立ち上がった。 「西脇さんが戻ってきたから、僕はいいですね。ちゃんと話して、ね?」 俯いた橋爪の手をゆっくりと握り、池上は笑みを浮かべた。 そして、西脇を仰ぎ見た。 「帰ります。岸谷さんのことも、随分ほったらかしにしてしまいましたし」 「……ありがとう、池上」 西脇はゆっくりと頭を下げた。 「今度、ゆっくり話そう」 「はい。失礼します」 西脇が小さく頷くと、池上は一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべて病室を出て行った。 PR
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