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「西脇さん……?」
抱きしめたまま動こうとはしない西脇に、橋爪が不思議そうに呟く。 橋爪にはこの思いを悟られるわけにはいかない。 こんな風に不安を抱えている自分の姿を見せるわけにはいかない。 だから、苦笑するとそっと腕の戒めを緩めた。 「あー、コーヒー入れようか。それともビールがいいか」 「……このままがいいです」 「紫乃?」 「このまま……」 おずおずと背中に回された腕に力が込められた。 「しばらく、こうしていていいですか……?」 「俺はいつまででも大歓迎だ」 あやすように軽く背中を撫でた。指で髪を梳き、掌でそっと肩を引き寄せる。 言葉を発すると涙ぐんでしまいそうになるので、ただじっと唇をかみ締めて。 「……すみませんでした」 そっと身体をもぎ離すと、橋爪ははにかんだように微笑んで見せた。 「いや……」 「西脇さんも服を着ないと、風邪引きますよ?」 「……ああ、そうだな。ありがとう」 苦笑して、そっと橋爪の頭を撫でた。そして、身体を屈めると橋爪の膝裏に手を回して橋爪の身体を抱え上げた。 「西脇さんっ」 「じっとしてて。落ちたら危ないから」 落とすわけはないが、暴れられて万が一ということもある。ベッドまでの僅かな距離をその温もりを感じながら進み、先ほど取り替えたばかりのシーツの上にゆっくりと下ろした。 「あんまり動いたら、傷が開くかもしれないしな」 「手当て、してくださったじゃありませんか」 「ん……そうだけどね。久々の長湯で疲れただろうからさ」 何か、理由をつけたかっただけだ。 「ゆっくりしていて」 毛布を足元に置くと、西脇はキャビネットを開けて着替えを取り出した。 橋爪の視線を感じつつも手早く身に着けるとベッドへと戻った。ベッドに腰掛けると、やはり橋爪は条件反射なのか、小さく体を強張らせた。 「あ、あの」 「少し早いけど、休もうか」 西脇にとっては少しどころかかなり早い時間の部類に入る。しかし流石に身体の方も疲労を訴えてはいるわけで。 ただ。こうして自分のベッドで恋人の温もりを感じているのなら、その疲れも半減していくような気はしていたから。 橋爪を手元から離せないのは、多分、自分もどこか狂って来ているから。橋爪の温もりを感じて、その存在を常に確かめていなければ安心できないほどに、橋爪に依存しきっているから。 「……西脇さん?」 「……寝なくてもいいから、こうしていようよ」 ベッドヘッドに凭れて並んで座り、そっと手を握った。橋爪にもたれ、頭を預けて。今度は橋爪も大人しく、西脇が甘えるのを許容してくれている。 「……膝枕……」 「ん?」 「膝枕しましょうか……約束したでしょ?」 「ああ……そうだな。でも、今はこれがいい」 こんな風に苦渋や不安で歪んだ自分の顔を、今の橋爪には見せたくはないから。ふつうならいい。自分の弱さも浅ましさも、橋爪は分かった上で受け入れてくれる。だが、今の橋爪にとっては、更に追い詰めるだけにしかならないだろうから。 お互いに、それぞれの温もりを欲してはいても、どこか躊躇っている自分がいる。 「……西脇さん?」 橋爪の手の甲をゆっくりと撫で、その爪の形を確かめる。きちんと手入れされていたはずの爪先はガタガタになっていて、どれだけ橋爪が力を込めて爪で自らを引き裂いて来たのかを示しているようだ。 荒れた手は先ほどの入浴でだいぶ緩和されてはいるけれど、それでもガサリとした感触を拭えないではいて。 引き寄せそっと唇を押し当てて。 「……あの、西脇さん」 「うん……」 「携帯、光ってますよ? 着信でも?」 「ん……ああ、そうだな」 携帯を放り投げたままだったテーブルの上を見やった。風呂に入っている間に着信したのだろう、その証のライトがともっていた。 「……ちょっとごめん」 ベッドを降りると、西脇は携帯を開いた。そこには着信が2件入っていた。石川と紫茉からで。しかし、携帯を弄んでしまった。いつものように着信があったからと、条件反射のように掛け直すということが何故か出来なくて。 「石川からだよ」 「じゃ、掛け直さないと駄目じゃありませんか。何かあったのかもしれないでしょう?」 「そうかな……」 何かあったのだとしたら、インカムの方に連絡は入るはずだし、応答がないのなら、それこそ何度でもインカムがなるだろう。そうじゃないのだから、完全にプライベートなのだと思うのだが。 「ちょっとした連絡だけだよ、きっと」 とはいえ、橋爪が気にしているようだから、連絡をしないわけにもいかないだろう。溜息をつくと、西脇は履歴から発信ボタンを押して石川を呼び出した。 『石川だ』 そう応じなくても分かる。石川にかけたのだから、石川以外の人間が出ることもないだろう。 『西脇?』 「ああ、風呂に入ってた。どうした?」 『さっきの話の続きな』 電話の向こうで苦笑する石川の顔が目に浮かぶ。 『警察と連絡がついた。Drの携帯なんだが、やはり破損していて使えなくなっているそうだ』 「……そうだろうな」 『通話記録のデータはなんとか取得できたそうだが、本体に入っていたデータの復旧は多分できないだろうという話だ。ただ、中のメモリーカード類は無事だったそうだから、それで諦めてもらうしかないかな……そんなところらしい』 データ分析の専門家でも手に負えないのなら、あとは小野辺りに託してみるしかないだろう。それでも復旧できる見込みはないに等しいが。 「……それだけでも仕方ないだろ。いつ戻る?」 『2,3日うちに刑事が持ってくる。まだ研究所にあるらしいからな』 「戻ったら教えてくれ。取りに行く」 『分かった。一番に知らせるよ』 「石川、無理を言って悪かったな……」 『おまえが無理を言うのはいつものことだろ』 石川は軽く笑ってくれる。 『それと、おまえの明日のシフト、10時からに変更しておいた。少しはゆっくりして出勤しろ。いいな』 「すまないな」 『いや……ま、なにかあったら、その前に呼び出すが』 「それはもちろん」 それからいくつかの確認を済ませて、西脇は通話を切った。橋爪は話をしている間、微かに顔を俯けたままぼんやりと引き寄せた毛布を見やっていた。 「紫乃」 西脇は携帯を手に再びベッドへと上がった。 「さっき、話の途中だったんだが」 「……はい?」 「紫茉さんのことだよ」 びくりと身体を震わせ、橋爪はぎゅっと目を閉じた。 ひょっとしなくても、橋爪が先ほどもわざと話を反らそうとしたのは、紫茉の話をしたくはなかったせいかもしれない。でも、こればかりは逃げるわけにも行かないから。 「紫茉さんと話をしたというのは言ったね」 「……別に構いませんよ。別に、私に報告することでは……」 毛布の端を掴んだ手が震えている。 「紫乃、聞いて。紫茉さんだって、いきなり紫乃とのホットラインが断ち切られたら心配するのも当然だろう? 携帯には繋がらないし、仕事も休んでいる。家族なら、心配して当然だ」 そして、どういう状況にいるのか分からない以上、周りで橋爪を保護しているに違いない人間に怒りの矛先が向かうのは当然だろう。自分にしろ、三浦にしろ。 西脇はそんな紫茉の怒りは全て引き受けるつもりでいたから。 「……仕方ないでしょう? 携帯はなくしてしまったし、ずっと病室に半分監禁された状態で。連絡をする術なんて」 「携帯なら、あと数日もすれば戻ってくる。さっきの石川の電話はそれだ。ただ、故障しているし、データの復旧も出来そうにもないから、新しく買い換えた方が良さそうだけどな」 「……そうですか。それはどうも」 幾分か怒ったように、橋爪は西脇を見やったあとぷいっと顔を背けた。 怒りの表情を浮かべて、話を反らそうとしていることがわかるだけに、それを甘受しようかという仏心さえ浮かんでくる。 「勝手に話を進めて怒った?」 「……いつものことでしょう? 別に、今更あなたが謝ることじゃない」 「いつものこと、か」 「ええ、いつものことです。だから、別に、今、怒ってるわけでもないですからご心配なく」 「やっぱり怒っているじゃないか」 小さく笑い、橋爪の手を毛布から解放した。 「紫茉さんには何も話してないんだよ」 「……え?」 驚いたように橋爪は西脇を見上げた。 PR この記事にコメントする
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