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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
篠井の言葉に、橋爪が小さく頷いた。
「Dr、先ほど戻りました」 「……お帰り、なさい。お疲れ様でした」 「はい。思ったより元気そうでよかった。あ、起きなくていいですよ」 体を起こしかけた橋爪を制して、篠井が言う。 「……篠井さん、すみませんでした。その、西脇さんを……」 「それは大丈夫。何も心配しなくていいんですよ。西脇さんのプログラムは終了していたようなものですし、ロスの教官の了解も取ってありますから、彼のペナルティになることは何もありません」 篠井の少し低めのゆっくりとした語りに橋爪が頷いた。 「それどころか、もう少し休んでもらってもいいくらいなんですよ。向こうでも、休日返上で動いていたんですから」 ちらりと視線を西脇に与え、篠井が笑う。 「それくらい、私達が元気だって証拠です。大丈夫。私もマーティも、擦り傷一つしていません。大丈夫です」 「―――はい」 橋爪の返事に、篠井がゆっくりと腰を屈めた。そして、ベッドの上の橋爪とあえて目を合わせる。橋爪がぎくりと体を強張らせるのは仕方ないことかもしれない。 「Dr? 気にするなという方が無理でしょうし、吹っ切れと言ったって、そうですねと出来るわけはないでしょう? 襲われたことのない人間の言葉なんて、耳半分にして聞いておきなさい」 「……篠井、さん……」 橋爪が苦しげに篠井を見つめた。何故、橋爪の傷を抉り返そうとしているのだろうかと、西脇は思わず目の前の痩身を睨みつけた。 だけど、橋爪は違ったのだろう。 「……篠井さん……も……?」 篠井はゆっくりと頷くと笑みを浮かべた。 「見かけが見かけですから……でも、そうしたら、反対に逆襲するといいんですよ」 「……そうですね」 本当に、微かに橋爪は篠井の言葉に頷いた。 「……私でも、大丈夫、でしょうか」 「Drだから」 かみ締めるように問いかけた橋爪の手を篠井はゆっくりと取った。橋爪は払い除けることもせずに、ただ縋るように篠井を見上げた。 「怪我が治ったら、一緒にトレーニングしましょうか。とっておきの撃退法、こっそりと内緒でお教えしますよ。Drと一緒になら、楽しめそうですしね」 「……それもいいかもしれませんね」 橋爪の言葉に篠井は笑った。 「Drは、今までは忙しすぎたんですよ。休める時に休みましょう。この際ですから」 「しかし―――」 「……赴任してきて最初の秋に、私が寝込んでしまったことがあったでしょう? 覚えてますか?」 「ええ……ひどい熱を出して、でしたよね」 「そう。その時、隊長に『篠井は少し気を緩めるくらいでちょうどいいんだ』って言われたんですよ」 「……石川さんが?」 「ええ。その時まで、馴れない副隊長としての職務に、自分でも気付かないうちにどこか無理をしていたのかもしれませんね。緩みっぱなしだと笑った三浦医師もどうかとは思いますが、でもそれでスコンとなんだか楽になったのは覚えてます」 ゆっくりと、しかし楽しげに篠井が言う。 「その隊長の言葉、そのままあなたへとお渡ししますよ」 「……篠井さん……?」 「Drは、少し気を緩めるくらいでいいんですよ。気を緩めて休むだけ休んだら、もう1回歩き出しましょう? それまでちゃんとまってますから」 橋爪はその瞳に涙を浮かべたまま、ゆっくりと篠井の言葉に頷いた。 「あの……っ、篠井さん」 そして、意を決したように橋爪は起き上がった。西脇はゆっくりと手を貸し、起き上がろうとするのを助ける。西脇が支える手をぎゅっと握って真っ直ぐに篠井を見て。 「はい、Dr」 篠井が微笑む。 「頑張りますから。ちゃんと休んで、復帰できるよう頑張りますから……だからっ」 「頑張っては駄目でしょう?」 篠井がまっすぐに橋爪をみた。 「休むときにはちゃんと休むことも必要でしょう? それは。Dr自身が一番分かっているはずですよね」 「私は……」 それでも往生際が悪く、橋爪は布団の端をぎゅっと握ってかすかに目を伏せた。 「早く仕事に戻りたい、そのDrの気持ちも分かります。だからこそ、今は休むべきなんですよ。部屋でのんびり過ごして、この際ですから、うんと西脇さんに甘えたらいいんですよ。西脇さんだって……そうですね。次の休日まで返上して働いたら、隊長に頼んで強制休養にしてもらいましょうか」 「これは、とんだ藪蛇だな」 楽しげに言った篠井に西脇は苦笑で返し。 「休日返上、しっかりばれているし」 「今日は羽田に代休を取らせるためだと聞いていましたからね。あえて、厳しいことは言いませんが」 「分かった分かった」 おどけたように笑うと、軽く篠井に睨まれた。 「上が休まないと、下はもっと休めないからな」 「分かってらっしゃるならいいんです」 篠井はふぅっと息を吐き出した。 もっとも、分かっていることと、実行できるかどうかということは別物ではあるが。 「ま、今日もいつもより早めにあがられたようですから大目に見ましょう」 かすかに微笑んで。 「Drの顔が見れて安心したことですし、今日は失礼しましょう」 「あ、あの……篠井さん、ありがとうございました」 「いいえ。私がDrに会いたかったんですから。明日はマーティを連れてきます。一緒に会ってくれますか?」 「はい」 橋爪が頷くと、篠井は目を細め、深い笑みをその頬にたたえた。まるで子供に接するかのように……だけど、ある意味、間違いではないだろう。辛抱強く、接するのは子供相手と大して変わりはないから。 「じゃあ、また、明日。西脇さんもお疲れさま」 「お疲れ」 篠井がその痩身をドアの向こうへと運び、橋爪はただその後ろ姿へ頭を下げていて。 「紫乃」 声をかけて、ゆっくりとその肩に手をおいた。 「点滴もそろそろ終わりそうだな。誰か呼ぼう」 「いえ、大丈夫ですよ……自分で外せます」 しかし、西脇は内線を繋ぐとさっさと出た村井を呼んだ。 それでもなお、西脇が電話している間に、橋爪は自分でさっさと点滴の針をはずしてしまった。 「……俺、看護師を呼ぶと言ったよね?」 「自分で出来ますから」 そのままチューブをまとめてしまう。 そのとき、バタバタと村井ではなく三浦がやってきた。 「ごめん、西脇さん。待たせたね」 「あー、せっかく来てもらったんだが……悪い。Drが自分で外したんだ」 「他の患者なら怒るけど……ま、Drだしね。いきなり動いて大丈夫? 気分は悪くない?」 「……大丈夫ですよ? そのために寝ていたんですから」 「うん、そうだね……じゃ、体温と血圧測るから、もう1回横になって。すぐすむからね」 三浦は手早く道具をセットすると、すぐに計測をすませた。 「……ちょっと血圧が低めだけど、ぎりぎり許容範囲内かな。ちゃんと休んでたら大丈夫だよ」 「……分かってます」 素っ気ない橋爪の応答に三浦は苦笑した。 「ん。じゃ、今日は部屋に戻っていいよ。でも、何かあったら遠慮なく医務室に連絡してくれるよね?」 「……何もありませんから」 「だといいね」 あえて三浦は橋爪の前でおおらかに笑うのかもしれない。 今、このときに、これだけ大きな笑みを浮かべられると……多分、すごく心が大きいんだ。広いだけじゃなく、深いだけじゃなく、大きいんだと。 西脇でさえ身勝手にも感じられてしまう、橋爪の子供のようなわがままに対してさえ。 たぶん、嫉妬だ。自分がどんどん矮小に感じられるのに、それに反比例するように周りの人間がおおらかに橋爪を包もうとしているから。 「Dr、帰ろうか?」 「……はい」 橋爪はゆっくりとベッドからおりた。しかし、微かに足をよろめかせる。 「Drっ」 「……あ、大丈夫……ですから。ちょっと足がもつれただけで」 支えようとした西脇の手を橋爪は一瞬拒否した。しかし、すぐに浮かんだ取り繕った微笑みのあとで、橋爪はゆっくりと西脇の手に縋るようにしてまっすぐに立ち上がった。 「ベッドメイクしますから、ちょっと待っててください」 「それはいいよ、Dr」 「三浦さん?」 「僕がするから。それより、部屋に戻ってゆっくりしたら?」 「けど」 「Drは患者。医者の言うことは聞いておきなさい」 「……すみません」 「ってね。それくらいしか仕事ないからね。今夜は結構暇なんだ」 三浦が軽く笑って。 「明日、また。今日は慣れた場所でゆっくり休めるといいね。西脇さんも頼むね」 「……ああ」 三浦の言葉にゆっくりと頷き、着替えの入ったボストンバッグを取り上げた。 「西脇さん、私が」 「軽いから大丈夫。じゃあ、三浦さん、後を頼むよ?」 「はいはい」 それでも動こうとはしない橋爪を促して、西脇は病室を出た。 「部屋に、戻りたくはない?」 「……いいえ。けれど、自分の寝ていたベッドの片づけくらい、自分でするべきだったんじゃないかって……」 「三浦さんがしてくれるって。大丈夫……それより、腹減ったな。さっさと戻って飯にしないか?」 「……まだ召し上がってなかったのですか?」 見上げる橋爪に西脇は苦笑した。 「コーヒーだけは篠井さんと岸谷の部屋で飲んできたけどね」 「……それなら良いんですが」 「ああ、飯は紫乃と一緒にと思ってたからね」 「……ごめんなさい」 「どうして? 今までだって時間が合えば、一緒に食べていたじゃないか」 「そうですね……」 二人で笑って。今までの日常が取り戻せるのなら…… いつもの軽快な足取りではないが。それでも一歩ずつゆっくりと橋爪は歩みを進める。 他愛もない日常を繰り返した場所へと。 PR この記事にコメントする
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