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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
握り締めたままだった携帯をポケットに入れ、西脇は座り込んでいた壁際から立ち上がった。明かりのほうへ腕をかざして腕時計を見れば、既に部屋を出てから1時間も近く経っており、小さく舌打ちをした。
部屋に戻りたくなかったわけではない。 それでも、橋爪に対して躊躇う気持ちが、ずるずると時間を経過させてしまったのかもしれない。 急ぎ戻った寮の部屋は無人で。いや、洗面所のドアの隙間から僅かに明かりは漏れていた。 「紫乃?」 バスルームに向かって声をかけるが返事はなく、水音すらしていなかった。 「紫乃、寝てるのか? 開けるぞ?」 改めて声をかけ、西脇はバスルームのドアを開け、そして慌てて駆け寄った。 「紫乃! おい、大丈夫か!?」 そこには、血のうっすらと滲んだ泡を全身にまとわせたまま、恋人がタイルの上で蹲っていた。 「……き……さん……」 泣き濡れたままの真っ赤な目で、橋爪は西脇を見上げてきた。 「遅くなってごめんな……」 橋爪は首を振った。ひょっとしたら、橋爪には時の経過すら不明瞭なのかもしれない。 「傷が開いたな。早く手当てしないと……ほら、泡流そう」 「……いやっ」 抱き起こそうと伸ばした西脇の手を橋爪は乱暴に叩き払った。 「まだ、洗ってない。まだ、汚いんだから……っ」 橋爪は再び手にしたスポンジでごしごしと体を洗い出した。泡にまみれているその場所を……同じ場所を何度も何度も力を込めて擦りあげる。 呆然としてみているしかない西脇の目の前で、血が滲んだ泡が潰されては流れ落ち、そして新しい真っ白な泡の上に再び新たな血の色が滲んでいく。 しゃくり上げながら、腕を、体幹を、足を、そして性器を……橋爪は狂ったように何度も何度も洗う。 「紫乃、もういいだろ」 「まだ……」 「紫乃」 「や……っ」 泡だらけの体で、狭いバスルームの中を後ずさって西脇から逃げた。 「紫乃、もういいから」 もとより狭いバスルームの中のこと。西脇は構わず詰め寄ると、橋爪の手から無理矢理にスポンジをもぎ取った。 「ちゃんと綺麗になってるだろ」 「まだ、駄目……まだ……」 西脇が握るスポンジに手を伸ばして、橋爪は必死で首を振る。 「きれいになってるから」 「ちが……っ」 濡れた体を西脇に押し付けるようにして、スポンジを奪おうとする。他の事など何も意識していない。橋爪の目に映るのは、泡立ったスポンジだけなのかもしれない。 「分かったって」 更に橋爪の手の届かない高い場所へとスポンジを掲げるとため息をついた。 こうまで執着しているのなら、たとえ今無理矢理風呂場から引きずり出しても無意味だろう。 目を放した隙に、またバスルームに入り込んで同じことを繰り返すかもしれない。 かといって、橋爪の気がすむまで洗わせることもさせたくはないから。 「でもさ、そんなに力任せに洗うこともないだろ?」 「でも……っ」 橋爪の瞳からポロポロと涙が伝い落ちていく。 「叱っているんじゃないよ。ただ、俺が嫌なんだ」 「西脇さん……でも、まだ、汚れてるんです。まだ感触だって」 「だったら、俺が洗うよ」 橋爪が西脇を見上げた。 「触られたところも全部俺が洗うから。だから、もう、終わり。いいな?」 拳を口元に押し当て、嗚咽を殺しながら橋爪はゆっくりと頷いた。 「じゃ、大人しくしてて」 新しくボディソープをタオルにとるとゆっくりと泡立てた。優しい柑橘系の香りがふわっと立ち上る。その泡を橋爪の肌の上で転がすようにスポンジをそっと滑らせた。 「痛くないか?」 「……大丈夫、です」 そんなはずはないだろうに、そんな風に橋爪が言うから。西脇はそれを否定することもせず。 ただ、下半身へと伸ばした手に怯え、それでも悲鳴を上げないよう必死で唇を噛んでいるのが痛ましい。西脇に性的な意図がないことは橋爪にも分かっているのだろう。だから、嫌悪感に支配されるるも、必死でそれを押し殺して西脇の手にその身を委ねているのだろうから。 「……流すぞ」 声をかけ、シャワーで泡を落としていく。現れたのはあちこちが赤く擦り剥けた肌だった。 「染みないか?」 「ん……平気です」 「よかった。ほら、ちゃんときれいになっただろう?」 「きれいじゃ……」 「きれいになった。俺がちゃんと洗った。だろう?」 「西脇さん、私……」 「きれいなままだよ、紫乃」 そんな西脇の言葉に顔を俯けてしまう橋爪に、西脇は小さく溜息をついて。 「髪も洗おうか。前の会社で鍛えられたから、結構上手いと思うよ?」 拒否されるかと思ったが、小さく頷いた橋爪に気を良くして。 「じゃ、腕によりをかけないとな。じゃあ、もう1回座ってくれるよな。目は閉じておいて」 くいっと顎をあげさせて、ゆっくりと髪に湯を当てる。シャンプーを泡立てて、ゆっくりと髪に指を通した。 「痒いところはない?」 「はい」 「それならいい」 西脇は軽く笑うと指を走らせた。 「ホントはさ、ずっとしたいと思ってたんだぞ、紫乃の髪を洗うの」 「え?」 「今までは一緒にシャワーは浴びても、髪まではね。だから、ちょっと嬉しい」 「西脇さん……」 「ちょっとどころか、めちゃくちゃ嬉しいかも」 びっくりして見上げてきた橋爪に、西脇は笑うとシャワーを取り上げた。 「ほら、目、閉じてろって。目に入るぞ」 「あ、はい……」 「息も軽く止めとけよ」 「え? ……うわっ! もう、西脇さんっ」 頭から思い切り良くシャワーを浴びせかけた。 「あはは……紫乃の顔」 渋面にしかめた橋爪の顔に思わず笑い、つられて橋爪も笑い出す。今度はやっと橋爪の笑顔を引き出すことに成功したようだ。 「あは……あはは……」 嬉しいはずなのに、どこか苦しくて。 目尻に浮かんだ涙を慌てて指先で拭って。 「ああ、ほら、俺まで濡れ鼠だ」 笑うことで自分の負の方向へと向かう感情さえ誤魔化して。 「……西脇さんが意地悪するからでしょ……」 「うん、意地悪だった?」 笑って、ゆっくりと橋爪の体を引き寄せた。 「ごめんごめん、ちゃんと流すから。ほら、目、閉じて」 今度はゆっくりと泡を流した。きゅっと髪が鳴る。トリートメントをつけて、髪を滑らせた。するりと滑ってはほどけていく。ただ、無言で髪に指を通し、橋爪の存在を確かめて。 洗い流し、体に新たに湯を掛け流して西脇はほっと息をついた。 PR この記事にコメントする
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