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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
「すぐ用意するから、先に手を洗っておいで」
「……はい、そうですね」 西脇の促しに、橋爪は大人しく頷くと洗面所へと入っていった。すぐに水音がしだす。 本当ならトイレに引きずり込んで、無理矢理にでも用を足させるべきなのだろうけれど、拒絶されることが恐ろしくもあるわけで。 我ながら不甲斐ないと自嘲し、洗面所の前を離れた。 自分もシンクで手を洗い、コーヒーをセットした。ラップのかけられたサラダと保温カップに入れられたリゾット。それをテーブルに置くと、橋爪が洗面所から出てきた。 橋爪の目と鼻の頭が少し赤いことは見なかった振りをして。 きっと、橋爪の今の心の中に踏み込む勇気がもてないだけなのだろうけれど。 橋爪が一人になったときに涙を浮かべるのは、今の西脇にはどうしようもないことだから。橋爪が今の現状を自分で受け入れない限り、回りがどうこうしても無意味だから。 西脇に出来るのはそれを拒否することなく受け止め、かつ静観することだけだから。むしろ必要なら、笑いかけることだって出来るだろう。今の自分のように。 「ほら、紫乃。岸谷が作ってくれたんだ。美味そうだよ?」 「はい」 ただ、自分の笑みに釣られて微かながらに笑みを浮かべてくれるのなら、それだけでいいから。 「……岸谷さんには、ずっと特別メニューを作ってもらってますよね。何だか申し訳なくて……」 だが、橋爪はソファに座ると俯いてしまった。 「ん? ああ、岸谷なら大丈夫だ。喜んで作ってくれてる」 「そう、なんですか?」 「ああ。だから、我侭を言えるときには言っていいさ。その方が、岸谷も喜ぶ」 ゆっくりと頷く橋爪に軽く笑って。 西脇は沸いたコーヒーを取りに立ち上がった。カップに注ぎ分け運んでくる。 「ほら、紫乃。久しぶりのコーヒーだろう?」 「……けど」 朝、三浦に制止されたことは記憶に新しい。それでもコーヒーの香りは、自分と橋爪を安らがせるはずだから。 「1杯や2杯のコーヒーでどうにかなるほど柔じゃないだろ? 日常生活は送っていいって、三浦さんも言っていた」 「ん……じゃ、少しだけ頂きます」 西脇の手からカップを受け取って、橋爪はゆっくりと口をつけた。 「……すごくいい香りです」 「却って落ち着くだろ?」 「落ち着いてます」 「はいはい」 橋爪とのいつもの応酬のように軽口を叩いて。橋爪が苦笑しながら西脇を見つめ、だけどすぐに俯いてしまった。手にしていたカップまでテーブルの上においてしまった。 「紫乃?」 「……あ、いえ。すごく美味しい」 取り繕った笑みは仕方ないのだろうけど。 自分もそうだ。 橋爪に対して、どう接するべきなのか、決心がついていないんだ。 いや、共に生きるという決心はしている。何があっても橋爪を見捨てはしないという決意も、愛して守り抜くといった決断も。 しかし、そのための方策など何もないから。 手をこまねいて考えあぐねているだけだから。 「あの……西脇さんの食事は?」 「ん?」 「さっき、夕食はまだだって」 「ああ、それ」 「え?」 「それ、二人分だから」 「西脇さん……?」 「たまには一緒もいいだろ?」 小さく微笑んで。 「はい」 とはいえ、橋爪が口に出来たのは少なめによそった皿の、それでも半分にも満たない量だった。 「それだけでいのか?」 「もう十分に……ごめんなさい……」 「ごめんなさいは受け取らないと言ったんだけどな」 西脇は小さく苦笑で言葉を返すと、自分もスプーンを置いた。 「あの、西脇さんはちゃんと食べて」 「食べたよ、それなりにね」 向かいに座る橋爪に手を伸ばし、そっと頬を覆う髪に触れた。抱きしめたくなる衝動を必死で殺して、一筋だけ掬い取った髪の先へ唇を落とし解放した。 「風呂入れてくるよ。テレビでも見てゆっくりしてるといい……」 バスタブへ湯を落とし、以前、橋爪が紫茉からもらったバスオイルのキューブを落とした。沈みながらそれがほどけていき、ふわりと優しい芳香をもたらす。 ひょっとしたら、今の橋爪に必要なのは自分ではなく紫茉の方なのではないか。 実際、こんな時に自分でも頼ってしまうのは紫茉の温もりだから。 だが、それと同様に、橋爪の存在をこの手から失くした時、自分は西脇巽としてまっすぐに立ち得るかというとその自信もない。 結局のところ、自分がこうして立っているのは、橋爪の存在が大きいから。離せといわれても解放することも出来ないほど、橋爪の存在に縋ってしまっている己の卑小さに舌打ちをして、西脇は橋爪のためのタオルを用意した。 PR この記事にコメントする
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