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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
泣くだけ泣いて幾分かすっきりしたのか。 橋爪は安心しきったように体を西脇に預けてきた。 「……紫乃?」 「……ごめんなさい……」 「……謝るなっていったよな?」 その言葉に、橋爪がクスリと小さく笑い声を漏らした。 「……シャツ、すっかり皺だらけですよ」 「ん? ああ……名誉の負傷って奴かな?」 橋爪の涙で濡れ、きつく握り締められたシャツは、皺が寄っている。それは橋爪が西脇を受け入れたことの証でもあるのだから。むしろ、それを喜んでいる自分がいる。 何気ない会話がこれほどまでに嬉しく思えるだなんて、我ながらどうかしているとも思って。 西脇は軽く笑みを返した。 「……相変わらず、口がうまいんですね……」 「それしか取り得ないから」 ゆっくりと、橋爪の汗ばんだ髪を撫でる。ただ目を細めて、橋爪もその西脇の愛撫を受け止めている。 本当に、大丈夫だと信じていいんだな? そう信じたがっている。 いつものように強い光を湛える瞳に安堵もし、傷だらけの頬に浮かぶ笑みにあるいは虚勢なのではないかという不安を感じもし。 「……西脇さん? 本当に怪我とかしてませんよね?」 まっすぐに見つめてくる橋爪に、西脇は苦笑した。 「してません。信用ないな……なんなら、全部脱いで見せようか? そうしたら、信用してくれるのかな?」 「……もうっ」 橋爪は顔を赤らめ、西脇の体を押しやった。 西脇も笑いの発作が出て止まらないかのように、ただ笑った。笑うことが出来た。 「ごめん、ごめんって。あの時も言ったろ? テロはあったけど、俺も篠井さんもマーティも掠り傷一つ負っちゃいないって」 「……だったらいいんです」 握られた手が汗ばんでいる。心なしか、常より熱く感じるのは…… 「……それより、紫乃? 体、まだ少し熱いよ? 無理させたかな」 「……そう……ですか?」 自らの額に手をかざし、首を傾げながら橋爪が言う。自分で触れても分からないものだろうに。 「辛いようだったら、高嶋に解熱剤持ってきてもらうよ」 「大丈夫ですから」 橋爪は西脇の手を引いた。 「西脇さんに逢えて、ちょっと安心しただけですから」 「じゃ、せめて横になろうよ。眠ってくれるならもっといいけど」 「……はい」 西脇に促されるまま、橋爪は大人しくベッドに横たわった。西脇の手は掴まれたままだった。 「ね……西脇さん、今日だけ甘えさせて……」 「うん、いいよ」 今日だけとはいわず、いつだって大歓迎だから。 「……私が眠るまででいいから、手を握っていて……?」 「眠ってもずっと握ってるから、安心してお休み」 握られた手をきゅっと握り返すと、橋爪はゆっくりと頷いた。 離れ難いのか、目を閉じてもベッドの枕元に座った西脇に擦り寄ってくる。触れて西脇の存在を感じなければ、安心できないのかもしれない。 「……西脇さん?」 「ずっと傍にいる」 「……はい」 握られた手に力が篭もる。 「……聞かれたんですよね」 横たわり顔を背けたまま、ぽつりと橋爪が呟いた。 「ん? ああ……そうだね」 「……いいんですよね、私」 「紫乃に、いいも悪いもないと思うんだけど?」 「……私、あなたに軽蔑されると思ってました」 「俺が? 紫乃を?」 「だって……」 ぎゅっと橋爪の体が強張った。 「だって、私、他の男と……触れられて、みっともないくらいに喘がされて、あなた以外の男に感じて……漏らしてしまうほどに感じた挙句に達して……本当に最低だ」 橋爪はポツポツと、思い出したくもないだろうことを口にした。恋人には絶対聞かせたくない、自分の醜態でもあったろう。 橋爪なりの恋人への懺悔なのかもしれない。 「最低なのは犯人の方。逮捕されて拘置所にぶち込まれていなかったら、きっと俺がぼこぼこにしていたかもしれないけどね」 ふうっと深いため息をついてしまった。目の前に犯人がいないから、多分、それでもまだ理性を保ってはいれたのかもしれない。 「男ってさ、こんな時、どうしようもないと思うよな」 橋爪の目がまっすぐに西脇を見上げていた。 「触られれば起つし、出もする。多分、俺もそうだと思うよ。気持ちがどうあれ、体は刺激に正直だ。だから、あれは正常な男として当然の反応だし、それを俺はどうこう言うつもりはないよ」 「……けど」 「ただ、体と心は違うだろ? 体は感じても、心は感じていなかった」 橋爪はこくりと頷いた。 「うん、同じだったら怒るよ」 西脇は軽く笑って、その背中をポンと叩いた。 「それに、最後までは行っていないんだろ?」 びくりと橋爪は肩を揺らした。 「だから、紫乃はその男とセックスしたんじゃない。ただ、暴行されただけだ。殴られたり蹴られたりしたのと同じ暴行。隊員ならそれもありだろう? それでいいと思うけど。だから、それに対しての謝罪は決して受け取らない。ごめんなさいという言葉は聞こえない。いいね?」 ちょっときつい言い方かもしれない。だけど、そうとしかいえないから。 謝るな。謝罪の言葉なんか聞きたくない。 橋爪は西脇をまっすぐ見上げ、深く頷いた。シーツに零れた褐色の髪がかすかに揺れる。 髪をかき上げ、聡明そうな額を露にした。 「だけどね、一つだけ叱っておくよ」 枕に手をつき、まっすぐに上から覗き込んだ。鳶色の瞳が微かに震える。 「紫乃は、確かにちょっとだけ迂闊だったね」 橋爪はきゅっと唇を引き結んだ。西脇は握った手に力を込めた。 「紫乃が銃の腕に自信を持っているのは知っているよ。体術もそれなりに訓練しているし、腕っ節だって決して弱くはないのも分かってる。でも、紫乃はそれを過信していた。自分の腕を過信していた」 ただゆっくりと橋爪の目を見る。潤んだ目は微かに視線をそらせようとしつつも、西脇から目を離せないでいるようだ。怯えつつも縋りつく、その正反対の心を具現しているかのようで。 「俺達だって、一人ではテロリストには向かわない。巡回も、基本的に二人でするようにしている。乱闘しながらでも、何とか連絡をつける。つけようとする努力をする。テロリストを組み伏せてから手配しても、それじゃ間に合わない。紫乃はテロリストと遭遇したあの時、すぐに他の隊員を呼ぶべきだった。それは分かるね」 「けど、あの時はっ!」 「そういう余裕はなかったかもしれない。でも、逃げることも隠れることも出来たはずだ。こういう時に逃げるのは、決して恥ずかしいことじゃないんだよ」 「西脇さん、私は……」 頬の傷にゆっくりと触れる。痛みが走るのか、橋爪の眉根が微かに寄った。 「終わってしまったことだから、今更だけど。でもね、紫乃も隊員である以上、これからだってテロに会う可能性がないとはいえない。それは分かるね……?」 「……はい」 「うん。じゃ、約束だよ」 西脇は軽く笑って、橋爪の上から退いた。不安げに橋爪が西脇を見上げてきた。 「西脇さん……?」 西脇はベッドの上に完全に上がりこむと、足を投げ出した。そのまま、橋爪の頭を自分の足の上に導く。 「枕よりは寝にくいだろうが」 「甘やかしすぎですよ……」 それでも、西脇の太ももに頬を摺り寄せるように頭を乗せると、橋爪は体を丸めた。西脇はそっと毛布を引き寄せ掛け、空いた手でゆっくりと毛布越しのその背中を撫でた。 「たまにはいいじゃない」 「……今度は私が膝枕しますね……」 「楽しみにしてるよ」 橋爪なら大丈夫だ。 橋爪の温もりを感じながら、ただ漠然と、西脇はそう思った。 希望的観測なのかもしれないが、大丈夫だと。 ちゃんと自分の身に起こったことも理解しているから。自分の殻に逃げ込むようなことはもうないだろう。 PR
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