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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
病室のドアが叩かれるのと同時にゆっくりと引き開けられた。 橋爪はぼんやりと外を眺めていた首を巡らせ、訪れた男を見た。 「……西脇さん……」 「やあ、Dr」 いつもと変わらない笑み。穏やかで安心させてくれる笑顔で。ゆっくりとベッドサイドに歩んできた。 夕べは結局一度も顔を見せてくれることはなかった。 遠くで何度か聞こえた爆音から、きっと夜通し駆り出されているのだろうなと分かってはいたし。むしろ他の隊員を休ませてでも動き続けるだろう男だとは思うし。 それでも、そんな不安に思う夜を一緒にいてくれなかったことを恨めしいとさえ。 爆音がこだました長い夜が明けて、隊員が食事を2度運んできた。それでも時間が経過したようには感じず。 この白く閉ざされた世界の中では、時の流れさえひどく曖昧で。 西脇の訪れで、日付をカウントしてしまうほど、世俗とは切り離された世界だから。 「ちょっとだけ休憩させて?」 以前と寸分変わらない台詞だけど、メディカルルームとは違い、ここには西脇を癒すものは何もない。 西脇の大好きなコーヒーはおろか、水の一注しさえ与えられない。ただ、外の暑い空気とは反対に完全に空調管理された室温だけだ。 それなのに、西脇は暇を見つけてはここにおとなう。 「コーヒー、淹れてきてもらいますね」 枕元のナースコールに伸ばした手はやんわりと引き寄せられた。 一瞬、ギクリと体が強張る。いきなりだと、まだ恐怖の方が先に立ってしまう。 まっすぐに向き合ってからなら、抱きしめられることも軽いキスを交わすこともできるのに。 慌てて笑みで誤魔化したけれど、敏い彼のことだ。その一瞬の自分の躊躇いや恐怖を分かってしまったのだと思う。 「……何もしなくていいから、ここにいて」 それでも気付かない振りをしてくれるのは西脇なりの優しさなのだろう。 西脇はネクタイを緩めると腕時計を外した。そして、それを橋爪に握らせてきた。 「悪いんだけど、30分したら起こしてくれる?」 「じゃ、ソファに……」 「熟睡したら起きれなくなりそうだ。ここでいい」 タイを緩めただけでベッドサイドの小さな椅子に座ると、そのまま頭を白いシーツの上に預けた。いくつか呼吸を重ねていくうちにそれは寝息へと変わっていく。 「西脇さん……」 閉じられた目の下にくっきりと刻まれた隈と眉間に微かに浮かぶ皺に、西脇がひどく疲れている様子を感じてしまった。 こんな状態になりながらも、自分の元へと来てくれるのは嬉しいのだけれども、いささか度を逸しているようにも思ってしまう。 最近、西脇にはプライベートの時間が全くないのではないだろうか。シャワーを浴び、着替えをするためだけに自室に戻る生活。食事も睡眠も、全てこの病室でだ。 まるで何かに雁字搦めに縛られているかのように、橋爪の元から離れようとはしないから…… コンコンと小さなノックの音がして、堺が姿を現した。 「橋爪君、いいかい?」 「……あ、はい……」 ベッドの上で軽く居住まいを正すと、堺が織田と一緒に中に入ってきた。 「……おや」 そして、ベッドの横で眠り込む西脇を見つけ、微かに目を見開いた。 「……夕べは徹夜だったみたいで……」 「そうか。夕べも大騒ぎだったものな」 ほんの少し溜息をつくかのように……ひょっとしたら、堺も西脇と同じなのかも知れない。 大きな怪我人はいなくても、爆弾騒ぎがあったとしたら、外科医が呼び出されるのは必至だから。それは三浦だけではなく、老齢の堺とて例外ではない。 「……堺さん……?」 そのとき、西脇が目を開けた。そして、頭を振りながら体を起こす。 「……診察?」 「いや、ちょっとした検査だよ」 「……そうか」 椅子に座り直した西脇に、橋爪は笑みを向けた。 「……まだ、休まれていてもいいですよ?」 「……いや、いい。目が覚めた」 西脇はぐるりと周りを見回し、橋爪がベッドサイトのテーブルに置いていた腕時計に手を伸ばすと無造作に手に回した。 「西脇、眠いんならしばらく医務室で休んで行け。隊長には連絡しとくぞ」 「……事後報告の書類がまだ残っているし」 そんな駄々っ子めいた言葉を呟き。 「なるべく早く戻る」 橋爪に向けて微かに壊れそうなほど儚い笑みを浮かべると、西脇は病室から逃げるように出て行った。 「なんだい、ありゃ……」 呆れたように堺が呟いた。 「……多分、現実から目を背けているんだと思います」 「橋爪君……?」 微かに笑みを浮かべて橋爪は言った。 「あの人も、そして私も……現実を直視することを怖がっている。理性で理解はしていても、どこか現実を拒否している……」 「……理解しているのなら」 「理解はしていても」 橋爪は堺を見上げた。 多分、誰よりまっすぐで心強い人。だから、挫折した人間の抱える闇も苦しみも、理解はしてくれても納得は出来ないだろう。 それでも、同情もせず、偏見も持たず、まっすぐに見てくれるだけで、どれだけ救われるか。 この白い世界に閉じ込められた自分。 この白い世界に捕らわれた恋人。 多分、自分も西脇もどこか狂ってる。 「……それでも、どこか幸せだと思ってしまうんですよ」 西脇が自分だけを見つめてくれているのなら。それだけで、自分は幸せになれるのだから…… こうやって西脇の感情を独占できる今の現状は、むしろ喜ばしいもので。このままでもいいのかな、とほんの少し思ったりもして。 「橋爪君……腕を出して」 「……はい」 堺の手ですら、拒否反応を起こしそうになる。必死で震える体を叱咤して、堺へと腕を差し出した。 「……結果次第だが、部屋に戻れるなら戻った方がいいかも知れんな」 「……え? 退院、ですか?」 「ああ。でも、しばらくは自室で休んでおけ。今のままじゃ、診療はまだ任せられんからな。だろう?」 堺は分かってて、その上で何も言わない。この狂気も歪みも全部分かってて、肯定してくれようとしてくれる。 「堺医師……」 「そのほうが西脇もゆっくりと休めるだろうしな。西脇と二人、ゆっくりと過ごしたらいい。旅行でも行って……なあ」 白に捕らわれる。 堺の目をまっすぐに見ることは出来なくて、堺のまとった白衣に目を落として。それも白。 聖なる、無垢なる色の象徴ではあるけれど。 今の自分にとっては、狂気と呼ばれるものなのかもしれない…… PR
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