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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
「座ってろ」 堺はB室に入ると西脇を椅子に座らせ冷蔵庫へと行った。 「西脇、ほら」 冷蔵庫から出され、西脇の目の前の小さなテーブルの上に出されたのは栄養ドリンクだった。 「お前、コーヒーは、今は飲まないんだろう?」 「堺さん……」 見ていないようで、実際は西脇のことも見ているのかもしれない。 西脇と言えばコーヒーだ、というように、思い込まれている節もあり、現に医務室では何も言わずとも西脇にはコーヒーが供される。実際、朝から看護師が出してきたのもアイスコーヒーだった。 西脇がそのコーヒーに口すら付けなかったこと。それを無言のままに堺は見ていたというのか。いや、冷静に観察していたというべきか。 「願掛けか何だかはしらんが……それくらいなら飲んでもいいだろ?」 「……そうだな。もらおうか」 蓋を回し開け、ゆっくりと中身を口に含んだ。僅かな酸味と甘みが口の中に広がって体の中へと消えていく。 橋爪に付き合って満足に食事さえとっていなかったせいだろうか、瞬時に体の中へと吸い込まれていった気がした。 一気にそれを飲み干すと、ふうっと深い溜息が漏れる。 自覚はしていたけれど、それでもどこか自分自身に無理をしている現状を改めて突きつけられる気もして。 空き瓶を指先でつついていると、そっとそれが取り上げられた。深い笑みを湛えて堺が西脇を見ている。 「ついでに、健診でも受けていくか?」 「―――は?」 「きっと橋爪君も喜ぶぞ?」 「―――冗談」 西脇は渋面を浮かべた。いつもなら冗談に紛らせてごまかしてしまうのに、その精神的な余力すらない。 「……紫茉さんが帰るときに呼んで。医者同士話すこともあるんだろ」 それは西脇なりの精一杯の譲歩だった。 「時間になったら昼飯は運んでくるが、邪魔はしないさ」 「ああ……そのことだがな、西脇」 堺の言葉に、西脇は彼の方を見遣った。 「朝晩はともかく、昼飯は他の人間に任せないか? お前にはお前の仕事もあるだろうて」 西脇はその言葉に緩く首を振って拒否の意を示した。 精一杯付き添い、そして何とかもとの生活に戻れるよう導く。それが自分なりの橋爪への謝罪であり誠意だと思うから。 「少しずつでいいんだ。他の人間の存在に慣れていくことも必要だろう? 今のままでは職場復帰はおろか、社会復帰すら出来んぞ」 分かってはいる。 自分だとて、橋爪紫乃という一人の男を、男としての存在を尊重しているのではなかったのか。 それでもそれと同等に、橋爪を籠の中の鳥のように、橋爪の生活や存在の全てを自らの監視下に置いて、自分が安心したいだけなのではないのか。 元のままの橋爪紫乃に戻って欲しいという心と相反する、自分だけの存在でいて欲しいという気持ちを持っているのではないかと。 言葉は違えど、そんな醜い独占欲を否定することは出来なくて。 黙りこんでしまった西脇を、堺はじっと静かに見ている。西脇の言動を、三浦のように完全否定するつもりはないのだろう。 「……いずれはそうしなければいけないんだろう」 「……そう思うぞ」 「―――今日までは合間を見て俺が運ぶ。さっき、Drと約束したしな」 「そうか」 「明日からは頼むことにするよ……」 堺相手だからこそ、きっとそう頷くこともできたのかもしれない。 「ただ……見てないとちゃんと食べないから。少しでもいい、ちゃんと食えるように導いて欲しい」 「分かっとるよ」 「……そうだな。とにかく療養のことはあんた達に任せるって決めたんだしな」 ふっと自嘲めいた笑みがその強張った頬に浮かぶ。 「昼飯時に来るのは今日までにする。あとで紫茉さんを迎えに来るから、話が終わったら呼んで」 西脇は立ち上がった。堺が椅子に座ったまま、西脇を見上げてくる。 「他には? この際だから、全部言ってしまったらどうだね?」 「……いや、別に」 今更、何をして欲しい、などというつもりはない。 どこか疲労の抜け切らない体を引きずって、西脇は監視室へと戻りの足を進めた。 「お帰りなさい、西脇さん。先ほど室管理から連絡がありまして、午後から宮沢さんがいらっしゃるそうです」 「時間は?」 「不明ですが、公安の帰りになるそうです」 「……そうか。そのまま班長召集になるかな……」 西脇はは憎々しげに言うと、デスクからファイルを取り出した。 「委員会には、この前のテロの事後報告がまだ済んでなかったよな。わざわざ予告してくるって事は、抜き打ちの監査じゃないだろう」 「それは分かりかねますが」 「隊長の所へ行って来る。何かあったらすぐに呼べよ」 「了解です」 羽田の頷きを認めて西脇は廊下に出ると、石川へとインカムを繋いだ。 「西脇です。先日のテロの報告書の件でお伺いしたいことがあるのですが」 ことさらに仕事モードを装って。 でなければ、石川のことだ。余計に勘繰ってくるだろうから。 それに、何を探られても平気だ、というわけでもない。 『分かった。今からセンターに戻る。どこか会議室、押さえるようにしよう』 「いや、室管理室で構いません。別に極秘事項な訳でもありませんし」 それに、他人の目があったほうがいい。 下手に全てを知る石川に救いの手を差し伸べられてしまったら、ギリギリのところで踏みこたえている自分の理性を保てる自信はない。きっと頼ってしまいたくなる。 石川はそれでいいんだとでも言うのだろうが。 「確認したいことがあるだけですから」 『分かった。5分ほどで戻れると思う』 こんな風に、仕事での仮面をかぶり続けていれば、きっと大丈夫だ。 誰も、何も、疑わない。疑わせない。 PR この記事にコメントする
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