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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
今回の研修は2週間の長丁場とはいえ、副隊長篠井の顔見世と研修を兼ねたもので。
西脇はある意味、この研修を気楽に考えていた。 事実、西脇は警備システム視察の名目があるとはいえ、実際は篠井の補佐であり、お目付け役としての渡米であると認識していた。 研修に来ているとはいえ、西脇も篠井も(そしてマーティも含めて)全くの新人ではない。むしろ隊員としては上位クラスに入る。 テロが起きれば必然的に研修そっちのけで駆り出されるのは必至というものだろう。 実際、教官役をしている隊員たちが駆り出されるのだから、西脇たちも「はい、どうぞ」と傍観しているわけには行かない。 むしろ、日本より、より前線の近くでテロと相対するのである。 疲れ果て、研修所のベッドにそのまま沈む夜もあった。 正直、テロが起きてその後始末に奔走している間は、日本の恋人のことなど脳裏からすっかり消え去ってもいるのである。 恋人のことを考えて煩悶として時を過ごすより、わずか5分でも体を休めなければ保てないことを、西脇は経験上からもよく理解していたから。 理性が、ではなく。体が―――西脇自身の体がそれを良くわかっていた。 それでも、ふとした瞬間に恋人の声が恋しくなる時もある。笑顔を向けて欲しいと切望する瞬間がある。 これだけ遠く離れていれば、夜中にタクシーを飛ばして会いに行くというのも不可能だから。 明日の朝こそは電話しようと何度も決意して、それでも体のほうはギリギリまで休養を欲してしまう。 西脇がようやく携帯を取り出せたのはテロから4日も過ぎた頃だった。日本を出発してからゆうに10日は経過していた。 時間を変更していない腕時計を見つめ、携帯を握った。 日本時間は午後11時過ぎ。 健康に人一倍気を使う恋人がまだ起きているのかは微妙な時間帯だ。まして、明日が早番なら、確実に休んでいるだろうし、夜勤なら仕事をしているだろう。 日本が深夜でも、こちらは早朝。支度して出かけていかなければいけない。 西脇は繋がらないコールを5回数え、そのまま通話を打ち切った。 携帯のディスプレイを見つめ、西脇は小さくため息をついた。 『毎日とはいいませんから、せめて間で一回だけでも電話くれます?』 寝物語のような小さな願い。 2週間も離れるという寂しさがそれを口にさせたにしろ、その小さなオネダリは西脇を有頂天にもさせるもので。 普段の出張なら出かけていったっきりろくに連絡をしないくせに、こういう時ばかりは妙に気になってしまう。 いつもの出張と変わることは何もないのに、何故か不安が募る。 恋人は寝てるか仕事をしているかだけなんだろうに、恋人の声が聞けないだけで不安が大きくなる。 そのとき、携帯が鳴った。恋人からだけの着信メロディだった。 「―――紫乃?」 『すみません、お風呂に入っていましたので』 微かに雑音の入る電話の向こうで恋人の微笑を含んだ声が西脇の鼓膜をくすぐる。 「……もう寝てるんだろうと思ってた。ちょっと待って。こっちからかけ直すから」 『西脇さん、このままで。せっかく声が聞けたんですから』 恋人が笑う。玉を転がしたような笑い声に、西脇の頬にも自然に笑みが浮かぶ。 『研修、順調ですか? 大きなテロがあったそうですけど、三人とも怪我はしてませんか? 西脇さん、ちゃんと休んでます? 忙しいからって、食事を抜いたりはしてませんよね?』 矢継ぎ早に繰り出される質問に西脇は苦笑した。相変わらずなのが、こんなにも嬉しい。 『西脇さん?』 黙りこんでクスクスと笑い出した西脇に、橋爪の困惑した声がかかる。 「もっと喋って、紫乃」 『は?』 「もっと、声を聞かせて」 『ちょ……もう、何なんですか』 「いや、紫乃の声だなーと思って」 『西脇さん、頭打ったりしたんじゃないでしょうね。こっちは質問してるんですよ』 西脇は笑った。本当に橋爪だ。傍にいれば、額に手をかざすくらいはしてくれるんだろうけれど。 「テロはあったけど、俺も篠井さんもかすり傷一つ作ってはいないし、風邪も引いちゃいない。ちゃんと寝てるし、飯も食ってる。ついでに、時差ぼけもしていない。安心した?」 『よかった』 ほっとした声音に、軽く笑って。 「でもな、紫乃」 西脇はほんの少しだけ口ごもらせた。 「帰国がちょっと遅れるかもしれない」 『遅れるって……』 「後片付けでバタバタしていてね、研修の方がろくに進んでないんだ。3,4日の延長くらいですむとは思うけど」 『……仕方ないですよね』 電話越しのため息に、きゅっと胸が締め付けられる心地がする。 『西脇さんの有能さで、さくっと終わらせて、さくっと帰ってきてください。西脇さんと篠井さんなら、普通の人が3、4日かかるものでも、2日もあれば十分に片付くでしょう?』 「頑張ってはみるけど……紫乃? 俺、有能?」 橋爪が絶句する。揚げ足を取られ、真っ赤になってうろたえている姿が容易に想像でき、西脇は声を立てて笑った。 「俺って有能なんだ?」 そんな小さな褒め言葉さえ貪欲に欲しがってしまう自分がおかしくて。 見つめるだけで十分だと言い聞かせていた過去の自分にはもう戻ることは不可能だと、そう思って。 『……ご自分でも、そう思ってるんでしょ』 拗ねる声までもが愛しくて。 そのくせ、きっと受話器をしっかり握り締めて、西脇の声を欠片も聞き漏らさないように、としているはずだから。 「紫乃に言って欲しい」 『2度はいえません。それより、時間はいいんですか?』 尖っていく橋爪の声に苦笑して。 「もうちょっとだけならね」 ホントはかなりギリギリだけど、橋爪の穏やかな声を聞いていたくて。 『ならいいんですが。西脇さん、さっさと終わらせて、さっさと戻ってきてください。私があなたを忘れないうちに』 「そんなこというんだ? 忘れないようにって、ちゃんと2週間分以上、抱いて出てきたと思うけど?」 『ちょ……もうっ』 笑いながら、テーブルの上にさっき置いたネクタイを取り上げた。 「あれ? もう忘れた? なら、思い出してやろうか?」 ごくりと唾を飲み込む音に、それこそ思いきり笑って。 『だったら、さっさと戻ってきなさいっ』 照れ隠しにそう叫ぶ橋爪に、笑いが止まらない。ネクタイを首に回しながら、こみ上げる嬉しさと共に頷いて。 「はい、Dr」 こんな風に、心から楽しいと笑うことなんて、ここ数日、すっかり忘れていた。笑顔は浮かべていたかもしれないが、表面上だけのものだったんだなとつくづく感じた。 「……紫乃、ありがとう」 『だから……っ』 といいつつも、橋爪の声も笑み綻んでいる。 「元気出た。さくっと終わらせて、さくっと帰るぞ」 『はい』 「そして、たっぷりと思い出させてやるよ」 『……もうっ』 「……じゃ、そろそろ行かなきゃけない時間だから」 『……はい』 橋爪の声が微かに落胆で揺れる。 『……西脇さん、早く帰ってきて』 「紫乃……」 『ちゃんと待ってますから』 「ちゃんとお土産買って帰るよ」 『お土産なんていりませんから、怪我しないで戻ってきて……』 「ああ……」 声がこもる。微かに震え、微かに湿って声が聞こえる。 「紫乃、笑って。じゃないと、安心して出かけられない」 『西脇さん……』 「紫乃、お願いだから」 縋るような思いで、そう告げ。 涙を浮かべたままの橋爪を思いながら、研修なんか受けることは出来ないから。それよりは笑顔で送り出して欲しい。たとえ、その笑顔を直接見ることはできなくても、笑みを含んだその声で見送って欲しい。 『西脇さん……』 すん、と微かに鼻をすする音がし、それから呼びかけられた声はかなり穏やかなものだった。 『今日も一日頑張ってくださいね……巽さん』 「ありがとう、紫乃。紫乃も、ゆっくり休んで」 『はい……その、お休みなさいっ』 思い切るように、突然通話が切れた。西脇の頬に知れず笑みが浮かぶ。 「お休み、紫乃」 西脇は携帯を閉じると、ゆっくりと携帯に向かって囁いた。 PR
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