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ベッドの上で力なく横たわる恋人にはいつもの鋭さは全く感じられなかった。
げっそりとこけているにも拘らず、その頬は真っ赤に腫れ上がって傷だらけだ。 たった2日だ。 事件があってからたった二日しか経っていないのに、恋人の容貌はこれだけ変貌してしまっている。 尖った肩はいつも以上に細さを強調して。 毛布の上に投げ出された手もガサガサとひび割れている。 「……紫乃……」 西脇は手を取った。ゆっくりと何度も掌や手の甲を撫でる。頬を伝って涙が再び零れ落ちていった。 揺さぶり起こして、抱きしめてやりたい。 もう決して離さないと、何度だって誓ってやるのに。 こんなになるんだったら、何故アメリカに行ったりしたのだろう。 旅立つ前、何度も後ろ髪を引かれる思いをしたのは気のせいなんかじゃなかったんだ。 あの時感じた不安は、気のせいなんかじゃなかったんだ。 「西脇」 堺が後ろからそっと声をかける。 「少し話そうか……」 「……はい」 西脇はベッドサイドからのろりと立ち上がった。 意識をなくしていても、頬を伝い落ちていった涙をそっと指先で拭い、髪をかき上げその聡明な額を露わにした。 「西脇、隣の部屋へ行こう。この部屋が見えるから」 そういい、堺は部屋を出て行った。石川も一緒に出て行ったらしい。 静寂が西脇を包んだ。 「紫乃……もう離れないからな」 そのまま指先で、額を撫で、頬を辿り、そっと唇に触れた。 薄いが温かく柔らかだった恋人の唇は、手同様ガサガサに荒れていた。 こみ上げる涙をぐっとかみ締めて堪えると、毛布の上の腕をとって毛布の中にしまいこんだ。 せめて、少しばかりの時間でも安眠できるよう、そればかりを祈って。 西脇は部屋を出、ICUの監視室の方へと入った。 そこには厳しい顔をした石川と堺が何やら話していた。 「西脇、顔色が悪いぞ?」 「これで、顔色がいい方がおかしい」 「それもそうだな。座れ」 「ああ……」 西脇は無造作に並んでいる椅子を引っ張り出し、どっかりと座り込んだ。石川や堺の前では自分を取り繕う気力もない。 「一つ確認しておきたいんだが」 穏やかな声で問われ、西脇は顔を上げた。 「はっきりと聞いたことはなかったが、橋爪君とは恋人関係にあると思っていいんだね?」 西脇は堺を見つめ、ゆっくりと頷いた。 堺なら信頼できる。自分たちのことを知っても、橋爪の事を色眼鏡で見るようなことは絶対ないと思えるから。 「ちょ、おい……」 石川が慌てたように身を乗り出す。確かに、ばれる時はお互い様だとはいったが。でも、石川と岩瀬のことは問題じゃない。自分と橋爪の関係、それが堺には必要な情報なのだろう。 「そうなのだな……」 堺もそうポツリと呟き、沈黙が支配した。 「あ、あの、堺医師……」 「心配せんでもいい。それで、橋爪君をどうこうする気はないよ」 「そ、そうですか……」 ほっとしたように呟く石川に、堺は微かに傷ましそうな目を向けた。いつもは穏やかに微笑んでいる瞳の色だけに、それが余計に胸に突き刺さる。 「それで、橋爪君とは体の関係を持っていたのかね?」 あくまでも事務的な口調に、西脇は微かに目を瞬いた。 興味本位ではなく、あくまでも情報収集としてだけのつもりなのだと。 「それが、セックスという意味でいいのなら」 ありのままに西脇は言葉を吐き出した。ひょっとしたら、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。 「なんだろうなぁ……」 堺が嘆息した。 「それが、不幸中の幸いなんだろうがな」 「……堺先生?」 「それならば、初めてのことを恋人以外の誰かに無理矢理されたわけでもなかろうからな」 「……それでも、紫乃は……Drはあれなんですか!」 思わず西脇の唇から漏れたのは、悲鳴にも似た叫びで。 「不幸中の幸い? Drがあんなに憔悴するようなことが、不幸中の幸い?」 「西脇、落ち着けって」 「落ち着いていられるか」 「いいから、話を聞けって」 静かに諭す石川の言葉にさえ、苛ついてしまう。 「……西脇よ。橋爪君を支える覚悟がないのなら、今のうちに恋人の座を降りるべきだね」 「そんなこと……っ」 「今なら、橋爪君も納得する。おまえが逃げても、橋爪君はきっと追わない。今なら、まだ、お互いの傷も軽くてすむ」 「それは、今、俺に別れろと?」 「そうは聞こえなかったかね? 二人とも、新しい道を選んでいけばいい」 西脇は首を振った。 「それでも、俺はDrの傍にいたいと思います」 「橋爪君は新しい道を歩くことが出来るよ? 医師として、もっと危険の少ない民間の穏やかな場所で……それくらいの伝手や力ならまだある。むしろ、橋爪君にはその方がよかろうて」 きっとそうなんだろう。医師として長い時を過ごしてきた堺には、西脇が窺い知ることもない医師同士のラインを持っているだろうから。 「……だったら、これは俺の我侭です」 「西脇?」 「Drが……橋爪紫乃がそれを望むなら聞きもします。だけど、Drがそれを望んでいるとでも?」 触れられることを本能で拒絶しても、橋爪の心は自分を求めてくれていると思うから。 だったら、たとえ橋爪の心を引き裂いてでも、それでも自分は橋爪の傍にいる。どんなに拒絶されても、たとえ触れることが出来なくても、橋爪自身がそれを望まない限りは、自分から離れることは出来ない。 「……それなら、それでもいい」 堺はゆっくりといった。 「だったら、今すぐここで覚悟を決めろ。生半可な気持ちで橋爪君は任せられん」 「それを決めるのは堺医師じゃない。Drだろうが」 それを堺には言われたくはない。堺が橋爪のことを大切に思っていることは知っている。だけど、これは自分と橋爪の問題だ。 「西脇って」 石川の困惑した表情が、余計に感情を逆撫でする。 「おまえには関係ない」 「Drは俺の大事な友人だ。関係なくはないだろうが」 石川の睨みに、西脇は微かに目を反らした。 正直、もう関わらないでほしい。自分と、橋爪をそっとしておいて欲しい。そう願うことすら出来ないのか…… 立ち上がった堺にぐっと胸倉を掴まれ、軽く息が止まる。 「途中で橋爪君を放り出すことなんてしてみろ。ただじゃおかないからな」 「……あんたにそれが出来るとでも?」 「西脇っ」 物騒に目をぎらつかせた西脇を、石川が慌てて後ろから羽交い絞めにする。 「直接は無理だろうがね。薬を盛ってでも、おまえの実家に強制送還させることくらいなら出来るぞ?」 「あんた、俺を脅す気かっ」 「医師を舐めるんじゃないぞ。確かに腕っ節じゃ適わんかもしれんがな、医師には医師の繋がりっちゅうもんがある。外科だろうが内科だろうが、関係はない」 堺は西脇を開放した。 「ちったぁ、落ち着け。おまえが激昂していたら、任せられるもんも任せられんだろうが」 「……分かったから。石川も離れろ」 西脇は何度も呼吸を繰り返した。ネクタイを緩め、ボタンを一つ外した。 「堺医師、聞かせてください。Drの病状と、これからの治療方針を」 PR
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