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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
「……石川」
東館への道を辿りながら、西脇がポツリと傍らの上司の名を呼んだ。 顔を洗って、気分を改めて出てきたはずなのに、どこかでやっぱり尻込みしている自分がいる。 「……先に、外科病棟へいいか? 怪我をした外警の連中に会っておきたい」 「そうだな……うん、そうしようか……」 ゆっくりと、それでも確実に医務室へと近づいていく。 「西脇、研修はどうだった?」 「ああ……警備システムのいくつかはうちでも導入するつもりだ。特に夜間警備の効率アップは図れそうだと思ってね……」 それでも、西脇は俯いてしまった。石川はそんな西脇の様子にふわりと苦笑した。 「それは、篠井が戻ってからゆっくりと検討しよう。この前の暗視スコープの導入の検討もまだだしな」 「……まだ、決定してなかったんだ? とりあえず、候補は出しておいただろ?」 「おまえがいなかったからだ。メインで使うのは外警なんだから」 「隊長がさくっと決定してくれてよかったんですよ?」 ため息混じりに呟くと、石川は軽く笑った。 「勝手に決定したらしたで、文句言うくせに。メーカーのより、開発の方が性能がいいのは確かなんだが」 「量産できる体制ではないからな、まだ」 「外注というわけにもいかないから、こればかりは」 石川は笑った。そして、石川との会話で記憶が紡ぎだされていく。 「この前、ようやく委員会が開発改良を許可した銃器があったろ? あれはどうなってるんだ?」 「ああ……まだ、アレクたちが弄ってるが、完成作には程遠いな」 「だから、忙しいんだ、開発」 「開発が忙しいのはいつものことだろ?」 そう軽く笑って。でも、どこか無理している笑顔だった。 「堺医師」 石川はB室へと足を踏み入れた。ガタリと音を立てて、三浦が椅子から立ち上がる。部屋の中を西脇もぐるりと眺めたが、話を聞こうとした堺は不在のようだ。 「あ、西脇さん……」 「先ほど戻りました。怪我をした外警の連中の容態を聞きにきたんですが」 何の苦もなく、無表情を取り繕うことの出来る自分に驚いて。相手が、弱みを見せたくない男だからこそ余計になのかもしれない。 「うん、重症者はいないね。今、入院しているのは3人だけど……勝村と哀川と山田だね。経過の様子見だけで、本当は入院する必要まではない程度の怪我だよ。あー、哀川はあとちょっと……2,3日いた方がいいかな……足だから」 「……そうか」 「でも、入院させないと、無理矢理出勤しそうな連中ばかりだろう? だから、半強制的にね」 ニヤリと笑うところを見ると、本当に大した怪我ではないのかもしれない。 「堺医師は今、病棟にいるよ」 「じゃあ、見舞がてら挨拶してくる」 「……その」 三浦はちらりと石川を見やった。 「堺医師は外科病棟じゃなくて……」 「……内科か」 石川が口を挟む。 「ええ、まあ、ちょっと……その、Drの患者もいますし……あの……」 石川は三浦に小さく頷いた。それだけで三浦は状況を悟ったのだろう。 「……Drのところです」 西脇は微かに眉根を寄せた。 「……後で回る」 辛うじて吐き捨てるようにして、西脇は部屋を出た。がっくりと肩を落とし、壁にもたれる。 「……西脇」 「……石川、Drはそんなにひどい状態なのか?」 「……自傷するようになった……暴れることはなくなったけれど、それでも油断すると自分で体に爪を立ててる」 「……爪を?」 「自分で自分を傷つけてる。だから、必ず誰か横にいるようにしてる……体の傷は大したことはない。だけど……怪我なら、あの時の方がもっと酷かった。けど……」 体の横で握り締められた拳がぶるぶると震えていた。石川も、何も出来ない苦しみを抱えているのかと、何となく思って。 「紫茉さん……Drのお姉さんには連絡は?」 「……怪我をしたということだけ。あとは何も……」 石川の頭が揺れる。 「知ったら……多分、怒るな、後で」 「……話すのはDrから直接だろう。俺達が勝手に話していい事じゃない……身内だからこそ、余計に知られたくないことかもしれないし」 「……その時は、俺が紫茉さんに叱られておく」 それくらいしか出来ないだろう。多分、隠されていたと知った紫茉は怒り狂うだろうから。 「西脇、Drのところに」 「……いや。勝村達の方が先だ」 「……分かった」 そして、通路の奥へと進んでいった。左手に広がるのは外科病棟だった。エレベーターを上がれば、内科病棟と、検査室や手術室がある。 「ええと、部屋は……」 石川がネームプレートに目を走らせるが、西脇はすたすたと奥へと進んだ。 「ちょ、おい、西脇」 「軽傷者は大抵奥だ」 この辺だろうと当たりをつけて進むと、開け放たれたドアの向こうから談笑する青年達の声がする。 「さすがだな」 「何が?」 そして、西脇はドアの柱をゆっくりと叩いた。 「あ、西脇さん」 「班長」 勝村と山田がベッドに座っていた。よく見れば、勝村が座っていたベッドには、哀川が横になっていた。 「戻ってこられたんですね」 「お帰りなさい」 「只今。よく頑張ったな」 そして、西脇はゆっくりとベッドに歩み寄った。 ざっと見る限り、3人とも本当に入院が必要なほどの怪我ではないようだった。 「お疲れ様でした」 「ああ……どうだ? まだ痛むか?」 「西脇さんからも堺医師に言ってくださいよ」 苦笑して哀川が体を起こした。 「俺はともかく、こいつら、いい加減退院させろって」 「さっき、三浦さんがいってたぞ? 強制入院でもさせなきゃ、無理矢理出勤するだろうからってな」 西脇は緩く笑った。 「……普段、オーバーワーク気味に働いてるんだ。休める時には休んでおけ」 「はい」 「班長こそ、顔色悪いですよ」 そういう山田の頭をぽんと叩いて微笑む。 「時差ぼけだろ? 気にするな」 「そうですか?」 「そうだよ」 一緒になって笑っている勝村に笑みを返し。 「でも、安心した。無理はしなくて良いから、堺医師や三浦医師のいうことを聞いてちゃんと休んでおけよ?」 それぞれに頷く3人に笑い、西脇は病室を出た。そこには壁にもたれるようにして石川が待っていた。 「……戻ったのかと思ってた」 「いや……俺が顔を出すと、余計に萎縮するだろうから遠慮しただけだ」 「気にする連中じゃない」 「……行こうか。堺医師も待っている」 半分、連行される犯人のような気持ちを味わいつつ、促されるままに歩みを進めた。 さっきよりも、石川の表情が強張っている。 それが余計に西脇を怯えさせる。 エレベーターを上がり、無言のままに奥へと進む。内科病棟というよりは、手術室に程近い、奥のICUにいるらしかった。 病状が、ではないだろう。多分、監視の必要があるからこその措置なんだと。 入り口の横のブザーを鳴らし、石川はドアを引き開けた。 「石川です。失礼」 「ああ」 石川が部屋に入っていった。それでも、西脇は入り口で足をすくませていた。 「……やっと戻ってきたか」 橋爪を半ば押さえつけるようにしていた堺が、ほっとしたように西脇の姿を認めた。 「堺医師……」 「や……っ」 細い悲鳴が、いきなり空気を引き裂いた。頭を激しく振り、頭髪を掻き毟る。 どうやら、人の気配に怯え興奮しているようだ。 「橋爪君、いいから! 大丈夫だから」 何とかなだめようとする堺の腕からすら、橋爪は逃れようと体を捩る。 真っ青な顔色の中で、真っ赤に泣きはらした瞳は虚ろな光しか宿していない。 顔のいたるところに、引っかき傷と思わしき擦り傷がある。血が滲んだ絆創膏の場所は、どれだけ深い傷なのか。 病衣の深い襟ぐりからのぞく首筋も、袖からむき出しになっている腕にも、傷がない場所がないくらいだった。 再び目頭が熱くなってくる。 「……Dr……」 西脇はゆっくりと呟いていた。 はっとしたように橋爪が声の主の方を見、潤んだ瞳が大きく見開かれた。 「Dr」 「やぁ……っ!」 橋爪は頭を抱えて蹲った。 「紫乃っ」 「いや、見ないで……見ないで、西脇さん……」 自分の存在を拒否するかのように何度も首を振る橋爪に、慌てて駆け寄ろうとして石川に拘束された。 「西脇っ」 「離せ!」 「駄目だ」 細く見えても力がある石川の腕の拘束は、西脇の力でも容易に外すことはできない。 「……お願い……見ないでください……汚いのに……汚いん…から……っ」 声が震えている。顔が見えなくても分かる。再び涙を零しだした橋爪を、西脇はどうすることも出来なくて。 「橋爪君、大丈夫だから」 「いやぁっ!」 喉が裂けるんじゃないかと思えるほどの、鋭く切ない悲鳴だった。 それだけ、自分の存在は橋爪にとって拒絶されているのかと思うと、足元から自分自身の気持ちがぐらついていきそうだった。 「西脇、出て行けっ」 石川に扉の方に突き飛ばされた。受身を取ることもできずに、背中を扉に打ち付け、息が一瞬止まる。 「Drを興奮させるな」 「石川っ」 抗議しようとした石川の台詞を、緊迫した堺の声が遮った。 「石川君、そこのトレーを取ってくれ」 「はいっ」 サイドテーブルの上に置かれていたトレーには注射器とアンプルが乗っていた。 「橋爪君を抑えててくれ。しっかりな」 「分かりました」 体を捩らせる橋爪を押さえ込むようにして石川はベッドの上に乗り上げた。 「西脇、頼むから出て行けって……!」 石川の叫びに、西脇は何度も首を振った。ずるりと体が沈んで座り込んでしまった。 どんな姿でも、橋爪の傍にいたい。 どんなに拒絶されても、どんなに嫌がられても……橋爪の傍にいることだけが、自分の生きる価値があるんだと思うから。 「出て行けっていってるだろうが」 石川が病衣の袖を捲り上げて露になった細い腕に、堺がゆっくりと注射針を押し込んでいく。 「やぁ……っ」 それでも、橋爪は何度も首を振った。腫れた頬を伝う涙が、あちこちに零れ落ちる。 「紫乃……」 「西脇さ……」 橋爪が手を伸ばしてきた。それに誘われるように、西脇はふらりと立ち上がった。 「橋爪君!」 橋爪は堺の手を振り解くとベッドから半分転げ落ちるようにしてベッドから降りた。床を這いずるようにして西脇の方に近づき、そして西脇の足にしがみついた。 「西脇さん、西脇さん……」 きつくしがみ付かれた腿に痛みが走る。 見ないでと叫びつつ、それでも橋爪はまだ西脇を求めてくれている。 「行かないで……」 「紫乃……」 「……ごめんなさい……ごめ……」 西脇は膝をつき、そっと手を取った。だが、橋爪はその手を払い、はっと西脇を見上げその手を抱え込んだ。 「……ごめ…さ…」 気持ちは求めてくれていても、体は自分のことを拒絶している。 その相反した行動が、余計に橋爪を苦しめているのかもしれない。ほかならぬ、自分がいるせいで。 「……悪い、Dr」 西脇はゆっくりと腰をかがめると、せめてもとそっと乱れた髪を一節頬から撫で下ろした。 縋るような瞳で橋爪は西脇を見上げていた。 病衣の裾が肌蹴て剥き出しになった橋爪の細い足も、力ない股間も。 全ては西脇の悔恨を誘うばかりだった。 「……ごめんな、Dr……また、約束を守れなかった……」 「……ごめんなさい……」 互いの唇から漏れる言葉は、互いへの謝罪だけだった。 そして、橋爪はぐったりと床へと崩れ落ちた。膝をつき、慌ててその体を抱きとめる。 「Dr!」 「……鎮静剤が効いただけだよ」 堺がゆっくりという。 「鎮静剤が効いている間だけはゆっくり休める。その方が橋爪君も楽だろう」 「堺医師……」 「ベッドに寝かせてやりなさい。夜はまだ長いんだ」 「……そうですね……」 西脇はそっと細い体を抱き上げベッドに運んだ。 記憶の中の橋爪より、さらに軽く感じてしまう。 病衣の乱れを直し、毛布をそっとかけて。 「……せめて、今くらいはゆっくり……」 「それでも、明けない夜はないんだぞ、西脇」 堺の呟きに、西脇ははっと顔を上げた。 「おまえがいつも言っていることだろう? 明けない夜はない。止まない雨はないって」 「ああ……ああ、そうだった……」 再び西脇の閉じた瞳から熱い雫が一粒滑り落ちていった。 PR
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