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テンプレ・レベルから徹底的に検索除けをかけているので、ここへは一般のお客様は入れません……多分(笑)
「……西脇、座れ」
石川は、立ちすくんでいる西脇に、ゆっくりと目の前の椅子を指した。 「ああ……」 石川の斜め前に、西脇は椅子を引きずり出すと、倒れこむように座り込んでしまった。 宇崎は確かに「未遂だった」といった。何もなかったわけではないのだろうが、それでも未遂だったと。 それなのに、この重い空気はなんだというんだ? 岩瀬を遠ざけてまで、石川は自分と二人きりで何を話そうというのか…… 「……明かりくらい、つければ?」 ただ、薄暗い部屋では余計に気が滅入ってくる。 だから、そう提案してみた。 だって、未遂なんだろ? 恋人の身には…… 何故、すぐ会わせてくれない? 何を隠している? 「……石川」 「まずは見てもらいたいものがある」 固い声だった。おおよそ、友人に向ける声じゃなかった。 石川が小さなモニターにリモコンを向けると。真っ暗だったモニターに光がともり、中庭の風景が映し出される。監視ディスクの映像のようだった。 「……事が事だけに、全部俺がチェックした」 それゆえの疲労の色なのかもしれない。テロの事後処理とも並行してだろうから、ひょっとしなくても、ほとんど眠っていないのかもしれない。 「……すまない」 「先に、外警の様子だ」 「ああ……」 西脇は食い入るように映像に見入った。 右往左往する外警の連中は、確実に自分の責務をこなそうと動いていた。誰も職場放棄をすることもなく、だからといって安全管理を怠るわけでもなく。 画面の奥で何度も爆発が起きる。誰が、どのくらい巻き込まれたのか…… 「本当に……本当に、誰一人だって職場を放棄する人間はいなかった。指示が来る前に、自分がしなければいけないことを判断して、自分で動ける連中だ」 「……ああ、そうだな」 自分がいなくても、外警班なら大丈夫。 指示を待つだけでの木偶の棒より、多少は無茶なことをしても自分で考え行動するよう、指導もしてきたはずだった。そして、それを自ら率先して実行してきた。 「……Drは、その日は遅番だった。隊員の交代後、無茶して残業する人間がいないか、いつも交替後の時間にも巡回するよな?」 「……ああ、そうだな」 橋爪の平素の行動を思い返して。 そして、自分自身が、その美しい顔の眉間に何度深い皺を刻み込んだことか分からない。 「丁度、巡回の時間と重なった」 石川はゆっくりと目を伏せた。 「Drは外回りをして、池上達と話したらしい。池上には、『20日に戻るとメールがあった』って話して、少し上機嫌だったって……」 ……多分、自分の携帯にメールを返してからの巡回だったのだろう。それほど、帰国を喜んでくれていたのか…… きっと、その時はまだ何も起こっていなかったんだろう。だから純粋に自分の帰国も喜んでいられた。 「Drと分かれて、再び警備に戻ろうとしたところに、爆弾が投げ込まれ、テロが乗り込んできたそうだ。投げ込まれた爆弾が次々に爆発する中、外警の連中は必死でテロを食い止めようとしていた」 石川は一旦モニターの再生を止めた。 「……池上は、すぐDrの後を追って、館内に入るように警告した。Drを館内に護衛するより、警備を優先したんだ……」 「……隊員なら、それで当然だ。俺でもそうしていた」 「なら、池上に、おまえがそう言ってくれっ」 石川の半ば悲鳴じみた叫びに、西脇はゆっくりと視線を向けた。 「俺がいくら言っても、池上はずっとDrに謝っている。ずっと自分のせいだって呟いて! 岸谷だって、そういってるのに……っ」 「……池上とはちゃんと話す。どうせ、あいつのことだ。自分のせいだと、自分を責めているんだろう?」 多分、間違ってはいないはずだ。 池上のことだから。最後に橋爪と接していたのが自分なのなら、そして館内に誘導することもせずに警備へと戻ったのなら、きっと自責の念にかられているんだろう。 悪いのはテロリストだとわかってはいても、橋爪を守りきれなかった自責の念を自分が持ってしまうように、きっと。 池上だって、橋爪が襲われることを容認したわけじゃない。ただ、JDGの隊員として最も優先するべき仕事を優先しただけだ。 それはちゃんと分かっているから。 「……紫乃は?」 「……うん。再生する。画像は荒いからな。無理矢理、拡大しているから……しかも、固定カメラじゃないから、起こった出来事、全部追いかけているわけじゃない。だから、全てを把握できているわけでもない……Drはまだ直接には話してくれないから……」 石川はのろのろとリモコンに手を伸ばして、再びディスクの再生を始めた。 ちらりと微かに踊る白衣の裾。本当に小さな映像の中からそれを見つけたのだろう。画像は荒く、橋爪の顔も判別できないほどだった。 ただ、華奢な白衣姿だけは橋爪の存在を主張しているようなものだから。 「……多分、池上に言われて急いでメディカルルームに戻る途中だったのだろうと思う。西脇、爆発テロの途中で、見知らぬ男といきなり遭遇する。それは一体何者だと判断するか?」 「明らかに議員や秘書、職員でなければ、十中八九、テロリストだと断定する」 「俺もそう思う。そして、そういう男に出会ってしまったら、Drはどういう行動に出る?」 ああ、そうか。 何だか、すとんと納得した。 逃げることを優先せずに、相対しようとしたんだ。 それがどういう結果になろうとも、隊員の一人として、目の前のテロリストを放置して逃げることは出来なかったんだ。 そして、なまじ銃の腕に自信を持っているからこそ余計に。 「紫乃……」 「……うん。俺もそう思うよ」 それから、テロリストを組み伏せている白い姿。案の定だ。 「実際、このときDrから医務室に連絡が入った。至急隊員を寄越せ、と。三船が隊員を急行させたが、この混乱の中だから……」 次の映像では橋爪は組み伏せていたはずの男に、逆に馬乗りされていた。ぐったりと頭をかしげている様子に、この前に殴られていたのかもしれない、と思う。男の微かな動きは、ひょっとしなくても橋爪の体をまさぐっているものなのか……それは分からないけれど。 胸の奥から熱い塊がこみ上げてくる。必死でこぶしを握り、きつく唇を引き締めた。 カメラが動いた。映像が切り替わる。 橋爪の白い肌がさらけ出されている。あまりに荒い画像なので、何をされているかは分からない。それでも橋爪が喜んでそれを受け入れているとは到底思えない。 地面を掻き毟るかのように伸ばされた手も、蹲り何とか逃げようともがく姿も…… ただ、足元に丸まったズボンと曝け出された両の足が痛々しいほど細く写る。 映像はたったそれだけだった。 「……Drのところに最初に辿り着いたのはクロウだった」 「……クロが?」 「爆弾の処理をしつつ、だったようだ。クロウが犯人をぶっ飛ばして、駆けつけた隊員が取り押さえた。クロウがぎりぎりで最悪の事態には間に合ったんだ」 「……間に合った、だと?」 ギリリと噛み締めた歯がきしむ。間の机に身を乗り出して、石川の胸倉を掴み取った。 「あの、どこが間に合っただと? あんなふうに脱がされて、体に触れられて……」 頬を一筋の涙が零れ落ちていった。石川は、自分のシャツを握り締めたまま涙を零す西脇の拳をそっと両手で覆った。 「それでも、間に合ったんだよ、西脇」 西脇は頭を振った。 「犯人はまだズボンを緩めていなかった。クロウもそう証言しているから、それは確かだ。Drは脱がされて、触られて……その、指くらいは突っ込まれたかもしれないが、それでも最後の一線では犯されてはいない」 「……同じことだろうが……」 辛うじて、声を絞り出して。 指くらい? 橋爪が受けた衝撃と失望は、「指くらい」といって済ませられるほどだったというのか。 「違う!」 石川は叫んだ。ゆっくりと西脇の指をシャツから離していく。 「違うよ、西脇。大きな違いなんだよ……触られたって減るもんじゃない。そんな風に簡単に割り切ることなんてできないけれど、それでも、触られたくらいなら、まだ自分自身に言い訳もできる。不愉快でおぞましいだけかもしれないけれど、それでも……」 そっと石川は西脇の頬を掌で辿った。らしくもなく涙を零す友人に対してできるのはこれだけだから。濡れた頬を掌で拭う。 「ケツ剥かれて、突っ込まれて……恋人だって、その踏ん切りをつけるのは容易いことじゃない。抱くのとは訳が違う。抱かれるのは、たとえ恋人を受け入れるにしても、どれだけ悩んで受け入れるか分からない……Drだってそうだろう? おまえが好きでたまらないから、おまえに抱かれる事だって……ただ触られるのとは違うんだ。同じ男なんだ。男に組み伏せられて、ケツに突っ込まれて、それで感じるなんて……恋人とでもなきゃ、絶対無理なんだよ……」 だから、必死でDrを守ろうとしてくれたんだ。同じ立場で分かり合える部分もあるから、と。 恋人である自分でさえ理解できない、橋爪の男としてのプライドや誇り、それをひっくるめて守ろうとしてくれて…… こみ上げるものを隠さずに、ただ無言のままに涙を零した。帰国の途からずっと堪えてきたものが、堰を切ったように溢れてくる。 同情なのか、後悔なのか分からない。ただ、橋爪のことを思うと、どうしていいのか分からなくなる。 「西脇……」 立ち上がり、机を回ってきた石川の暖かな抱擁が西脇の体を包む。 「Drのところに行こう? そして、Drを安心させてやろう?」 西脇が深く頷くと、西脇の顔に畳まれたハンカチが押し付けられた。 「顔でも洗ってさ。いつものおまえの笑い顔を見せてやれよ。何も変わらない、いつものおまえの姿が、一番の薬だよ、きっと」 「……検診を受けない罰だとでも言うかな……」 「そしたら、大人しく、説教でも受けてやれ」 ぽんと肩を叩いて、石川は儚げな笑みを浮かべた。 PR
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