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「……何で、宇崎が迎えなんだ?」
開口一番、西脇はそう呟いた。 石川が迎えの隊員を寄越すといっていたから、てっきり室管理の誰かだろうと思っていた。 まして、班長のアレクほどではないにしろ、宇崎の多忙ぶりは西脇にも分かっていることだから。 「あ、うん。さっき、空港に迎えに行ったのは池上だったんだけど、他に事情知ってて動けるの、俺しかいなかったんだよねー」 宇崎が苦笑する。 「本当はアレクに行かせるつもりだったんだけど、班長達は今GDから動けないしね。だから、俺に白羽の矢」 「ふうん?」 「ちょっと、茶でもしていく? それくらいなら、ばれないよな?」 少しだけ悪戯めいて、宇崎は目を輝かせる。 多分、戻りたくないと迷っている西脇の心の内を、宇崎は分かっているのかもしれない。何も言わなくても、人の心の奥を何気なく悟ってくれる敏い男だから。 でも、そう理解を示されると、かえって、しなければいけないものや己の立場を思い知らされる。 「……石川が待っているんだろう?」 「うん、そうだね。でも、ほら、忙しいやつだし。10分や20分、大丈夫だよ」 「……帰ろう。逃げてても仕方ない」 「オッケー。西脇、偉い偉い」 にっこりと笑まれて、西脇は微かに目を伏せた。そして、ぼそぼそと呟く。 「……そんなんじゃない」 「実際、俺も逃げ出したいって思うことがあるしね」 「宇崎……?」 「うん、いろいろとねー」 宇崎は笑って、西脇を見た。そして、あまりにも身軽な西脇の様子に首を傾げる。 「西脇、荷物は?」 「ああ、これだけだ」 手にしたブリーフケースを軽く持ち上げた。 「あとは篠井さん達が運んできてくれる」 「……ホントに飛んで帰ってきたんだ?」 「追い出されたんだ」 少しだけ憮然として。 「そっか。じゃあ、寮には寄らないでいいよな。車、こっちだから。行こ」 案内されたのは覆面の公用車だった。宇崎はさっさと運転席に乗り込み、西脇も助手席のドアを開けた。 「西脇、疲れてるだろ? 後ろに座ったら?」 「どうせ、直ぐだろうが」 「ん……まあね」 宇崎はちょっとだけ逡巡するかのように目を伏せて。キーを差し込んでも、いつまでもそれを回そうとはしなかった。 DGに帰りたくないのは、宇崎の方だったか。 「宇崎?」 「……うん。逃げたいのは西脇の方なんだろうけどね……」 呟きを苦笑に紛らせて宇崎はゆっくりと笑みを浮かべた。 でも、目は笑っていなかった。真摯に、だけどどこか憐憫を秘めた光で西脇を見つめた。 「西脇、あのさ。覚悟、してる?」 「……何のだ?」 西脇は殊更無表情に答えた。 橋爪のことなら、今更覚悟も何もない。第一、覚悟するようなことでもない。自分の思いは自分だけのもので、それが揺らぐことはない。 だったら、迷わない。 篠井の言葉に、そう決心したから。 「覚悟するようなことか? だって、Drは生きてるんだろう? なら、いいじゃないか」 「まあね」 宇崎はゆっくりとキーを回してエンジンをかける。 「……じゃ、DGにそのまま向かうから」 「……ああ」 それきり無言で宇崎は車を出した。無論、西脇にも何も言うことはなかった。 いつもなら、宇崎相手の他愛もない話で穏やかな空間が形成されていくのに、ただ気まずいだけの沈黙が流れる。 その沈黙に先に耐えられなくなったのは宇崎の方だった。 「俺もね、同じことがあったら……多分、自分でどうしたいかわからなくなると思うんだ」 「……宇崎?」 「多分、緋琉は……真矢は俺を許すとは思うよ。俺のせいじゃないって。多分、西脇だってそうだよね? その覚悟も決めてるんだろ? でも、俺は俺自身が許せないと思うから……だから、多分、Drの気持ちも俺は何となく分かると思うんだ」 ただ、西脇は黙って宇崎を見た。 「結論。あとで石川が詳しいことを話すとは思うけど、99%未遂だから。それなりのことはあったかもしれないけれど、最後までは行っていない。だから、Drにどうこうって訳じゃないんだけど……」 「……そうか」 それきり、宇崎もまた沈黙を守り、ただ黙って車を走らせた。 Eゲートに横付けして、宇崎は運転席の窓を開けた。 「ゲート、開けて」 「あ、お帰りなさい」 宇崎の姿を認めてゲートに駆け寄ってきた本木の元気そうな笑顔が西脇を迎える。それだけでも、西脇は何だかほっとする。 「西脇さん、お疲れ様でした」 「ああ、ただいま。おまえ達も」 「今日、西脇は俺達が預かるから」 宇崎の微笑みに、本木はぶんぶんと首を大きく縦に振った。そして、満面の笑みを、己の班長に向けた。 「はい! 西脇さん、今日はゆっくり休んでくださいね」 「……ああ」 西脇は辛うじて苦笑を浮かべた。 本木達には何も知らされていないようだ。 そのまま、車で中に入る。宇崎はハンドルを握りながら、インカムをいれた。 「隊長? うん、俺。そう……分かった。でも、いいの? 先に……うん……じゃ」 「宇崎。石川は何て?」 「センターの8階、第3小会議室に来いだって。直ぐ行くからって……メディカルルームが先じゃないかと」 「……メディカルルームに行く前に話したいことがあるんだと。さっき電話で」 「そっか……」 駐車場に車が止められると、西脇は車から下り立った。 慣れた居心地のいいはずの職場なのに、何故かよそよそしさまで感じてしまう。 ここが自分の居場所だと思っていたのに、足元からぐらついてしまう何かがある。 「……西脇」 「大丈夫だよ、宇崎。ありがとう」 「……うん。でも、会議室までは送るから」 「お姫様じゃないんだけどな」 重く澱んだ空気を軽くしようとして失敗した。余計に、重い空気が支配してしまう。 「……石川が待ってるんだろ?」 「あ、うん」 宇崎は小さく頷き、そのままセンターへと入った。 「お疲れ様です」とすれ違う度に声をかけてくる隊員達に西脇は曖昧に挨拶を返しながら、指定された会議室へと向かった。 「……宇崎。それでも、俺はDrには、『おまえのせいじゃない』というしか出来ないし、Drを信じるしか出来ないから」 「……うん。だよな」 「ああ」 そして、ゆっくりとその頭に手を置いた。 「ありがとうな」 「……よせよ」 それでも、宇崎はその手を払いのけることもせず、会議室のインターホンを鳴らした。 「隊長、宇崎です」 『……入れ』 「失礼します」 そして、会議室のドアを全開にした。西脇に入れと促して。 「……お帰り」 長机の前に座って珍しく考えに沈んでいたらしい石川が、ゆっくりと西脇に視点をあわせてきた。 表情には出していなくても、目の下のクマや何となくかさついた頬に、石川の疲れを感じてしまった。 「只今戻りました。研修途中で戻ってきてしまい、申し訳ありませんでした」 西脇が深く頭を下げても、石川はにこりともしなかった。 「……いや、それなら大丈夫だ。お疲れ様」 「……じゃ、俺は帰るから」 宇崎が口を挟む。石川の目が、微かに揺れた。 「……ああ、宇崎。わざわざ、悪かったな」 「大丈夫。ほら、岩瀬も行こう。室管理で、隊長の代わりに待機だろ?」 「ちょ、宇崎さん……」 宇崎は岩瀬を半ば引きずりだすようにして、会議室を出て行った。 ブラインドが締め切られたままの薄暗く狭い会議室の中に、石川とたった二人取り残された。 それが、何だか、事態をより重く感じさせる。 そんな気がした。 PR
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